明日のためにその6 明日の世界

 「いよいよ、我が赤葉あかばライフベースにおいて世界を照らす太陽のライブ、太陽ソライブの開催が近づいた!」

 富士ふじ幕府ばくふ将軍しょうぐん北条ほうじょう三世さんせい赤岩あかいわあきらが、将軍位にあるものとして富士幕府の主要メンバー全員を前に、そう宣言した。

 藍条あいじょう森也しんや

 あかね瀬奈せな

 青木あおきつかさ。

 紫条しじょうトウノ。

 桃瀬ももせゆり。

 緑山みどりやま菜の花な か

 時任ときとうかあら。

 赤葉あかば白葉しろは黒葉くろは青葉あおば黄葉おうはたち、ふぁいからりーふの五人。

 そして、緑山みどりやまさくらと紫条しじょうひかる。

 そして、この目的のために集まった多くのスタッフたちを前に、あきらが声を限りに叫びをあげる。

 「それはなんのためか! 我々はなんのために太陽イブを開くのか! それは、世界の問題を解決するためだ。世界の問題を解決し、人類が人類同士の争いにその活力を浪費することなく、人類の可能性を存分に発揮できる世界を作るため、月でピザを食うことの出来る世界を手にするためだ!

 そのための『プロジェクト・太陽ドル』! 各地にエネルギーと食糧の生産拠点たるライフベースを築き、共同体を自立させる。誰もが自分の望む暮らしを自分の住む場所で実現できるようにする。そうすることで、人と人が争う必要をなくす!

 それが『プロジェクト・太陽ドル』!

 この赤葉あかばライフベースでの太陽ソライブがその最初のひとつとなる。我々が成功してみせることで『プロジェクト・太陽ドル』の正しさを証明し、世界に広め、人と人の争いをなくす!

 その第一歩がいま、この地より、我々よりはじまるのだ!

 いざ、奮い立て!

 未来のために!」

 将軍の叫びに――。

 その場にいる全員の声が呼応した。


 「照明しょうめいOK!」

 「音響おんきょう設備せつびOK!」

 「観客かんきゃく誘導ゆうどう体勢たいせいもすべてOK!」

 次々とスタッフの声があがる。

 富士ふじ幕府ばくふ初の、そして『プロジェクト・太陽ソラドル』にとっても初のライブとなる赤葉ライフベースお披露目コンサート。

 その開催日がついにやってきたのだ。

 この日は朝からてんやわんや。

 まさに、そう言うのがふさわしい繁雑はんざつり。とくにはじめてのイベントとあってスタッフ同士の連携も取れていない。そもそも、そのスタッフのほとんどが今回のイベントのためにあちこちからかき集めた烏合うごうしゅうなのでなおさらである。連絡の不備、設備に対する不慣れ、スタッフ同士の相性の良し悪し……。

 様々な問題が吹き出し、よけいな時間がかかりまくった。それでも、なんとか、どうにかこうにか、予定通りの時刻に開催にこぎ着けた。まさにギリギリの綱渡り状態だったが、間に合えばいいのである。

 「観客の概数がいすうは?」

 富士幕府将軍赤岩あかいわあきらから今回のイベント将軍に任命され、全スタッフを統括する立場にいる森也しんやが尋ねた。

 「およそ五〇〇〇人」

 「……五〇〇〇人か。少ないな。万単位で入れるように作ったんだけど」

 富士幕府建築担当であり、今回、使用される野外ライブ会場を作った瀬奈せなが悔しそうに呟いた。

 「上出来だ」と、森也。

 「ふぁいからりーふはまだまだ素人に毛の生えたユニットに過ぎない。知名度を考えれば五〇〇〇人『も』集まったと言うべきだ。あらゆる人脈を使って営業をかけた成果だ」

 「それはわかってるけど……」

 瀬奈は唇を噛みしめた。

 瀬奈は別にふぁいからりーふのコンサートに人が集まらないことが悔しいのではない。自分と、自分の店の職人たち、全員で心血を注いで作ったライブ会場が埋まらないのが悔しいのだ。

 ――社長として、寝る間も惜しんで励んでくれた社員たちに申し訳ない。

 その思いがある。

 「あせるな」

 と、瀬奈の思いを汲み取り、森也が言った。

 「最初からそうそううまく行くものじゃない。これから増やしていけばいい。第一、粋な万単位の人間に来られても地元住人が対応出来ないだろう」

 地域の小学生は全学年合わせてわずか六人という限界集落。それだけに『人に来て欲しい』という思いは切実なわけだが、急にあまりに多くの人間に来られては『よそ者に地域を乗っ取られる』という危機感が生まれかねない。

 いきなり成果を求めるのではなく、少しずつ慣らしていった方がいい。

 それが森也の意見だった。

 「……ああ。それはわかってる」

 瀬奈はうなずいた。

 とは言え、その表情にはまだまだ悔しさがにじんでいる。頭では理解できてもやはり、心情的に納得しきれない。

 「で、その地元住人はどうしてる?」と、森也。

 「だいたい、招待席にそろった。ただ、やっぱり、戸惑とまどっているみたいだな。なにしろ、アイドルのコンサートなんて生まれてはじめてっていう人ばっかりだから」

 「当然だな。だが、だからこそ、実際に見て、体験して、理解してもらわないといけない。理解も得ずにおれたちだけで進めたら反発される。そのために招待したんだからな」

 「ああ。わかってる」

 「肝心かんじん出穂ずいほばあさんの様子はどうだ? 顔役であるあのばあさんの気に入られなきゃつづけられないぞ」

 「アイドルのコンサートというのは気に入らないみたいだな。でも、人を集める効果は認めているみたいだ。『赤葉地区を再興さいこうさせたい』っていう思いは、おばあちゃんは誰より強いから。ただ、本人は相変わらず『ロックコンサートの方がよかった』とごねているけどな」

 「ヘヴィメタ好きだからな」

 森也はそう言って肩をすくめた。

 「赤岩は?」

 「すでに招待席だ。人数分のはっぴに手作りうちわも用意して準備は万端ばんたん布教ふきょうしまくる気満々だ」

 「これを機会に地域住人全員、ドル沼にはめる気でいたからな。しかし、なんでアイドルの応援ってうちわなのかね」

 森也がとりあえずはどうでも良い疑問を口にしたそのときだ。妙に感情というものを感じさせない無機質な声がした。

 「兄上。燃料電池システムはすべて良好だ。今回のライブに必要な電気はすべてまかなえる」

 富士幕府科学技術担当、時任ときとうかあらの報告だった。

 「故障やトラブルの予兆は? 今回のコンサートは会場のお披露目ひろめだけじゃない。地元に設置した太陽電池で発電。その電気を使って水を分解して水素を製造、その水素を使って燃料電池発電……という植物式発電システムのお披露目でもある。例え、一時的でもトラブルを起こして電気がストップ……なんてことになれば誰からも相手にされなくなるぞ」」

 「安心してくれ。どれもわたしが作ったかわいい機械たちだ。一〇〇年だって故障なしに活動できる」

 「その一〇〇年分を今日一日に集約してトラブルなしで乗り切れ」

 口ではそう言ったもののそこは藍条あいじょう森也しんや。世の中に絶対はないことはわきまえているし、機械に故障やトラブルが付きものであることも承知している。

 そして、トラブルが起きた場合、それをうまく収めるのは自分の役目であることも。

 そのために、すでに考え得るあらゆるトラブルを想定してシミュレーションを繰り返し、対応策を練ってある。なにが起きようと――それこそ、突然の大地震が起きようと――対処できるはずだった。とは言え、トラブルなしに乗り切れるならその方がいいに決まっている。

 「兄さん」

 さくらが駆けつけてきた。

 「ライブ実況配信の準備OK。円盤の方も準備できたわ」

 今回のライブはさくらの行っているブログを通じて実況配信する。また、ライブの様子を直接CDやDVDに焼いて販売する。それらの手はずはさくらの役割だった。

 「けっこう。それでは……」

 と、森也は楽屋がくやの方向を見た。

 「肝心のアイドルユニットの様子を見に行ってみるか」


 ……楽屋は重苦しい緊張感きんちょうかんに包まれていた。

 晴れ舞台を前にした高揚感こうようかん、などというものは一切ない。あるものはただ不安と緊張。それだけ。ただし、その理由は楽屋のそとにはなかった。この楽屋のなかにあった。

 メンバーのひとり、白葉しろはが、ひどい緊張に包まれてふるえている。その緊張がまわりに伝染し、重苦しい緊張感をもたらしているのだ。

 「……ど、どうしよう。あんなに大勢おおぜいのお客さんがいる」

 外の様子を眺めて、観客の数を確かめ奥に戻って座り込み、それでも、すぐにまた立ちあがって様子を見に行く。そんなことを数秒おきに何度もなんども繰り返している。気の短い人間なら頭にきて怒鳴り散らしているような態度だ。白葉はと言えば怒鳴り散らされるまでもなく全身が小刻こきざみに震え、涙さえ浮かべている。

 「そんなに大勢じゃないわよお~。せいぜい、五〇〇〇人ぐらいじゃない。これより多い会場なんていくらでもあるわよ~」

 黄葉おうはがなだめるように言った。

 聞くものすべて脱力だつりょくさせるような『おっとりお母さん』のんびりヴォイスも、いまの白葉には効かなかった。白葉は震えたまま言った。

 「黄葉ちゃんはお芝居の会場で慣れてるからそう言えるんだよ! あたしはこんな大勢のお客差の前でステージに立つなんてはじめてなんだから……」

 そう言ってしゃがみ込み、泣き出してしまう。

 「……やっぱり、ダメ。帰りたい」

 無理もないと言えば無理もない。なにしろ、いままではライブと言っても小さな店で、一〇人二〇人と言った数を相手にしていたのだ。それがいきなり巨大な野外ライブ会場で五〇〇〇人からの観客を前に唄い、踊る。よほど無神経な人間でもない限り、プレッシャーに押しつぶされる気がするだろう。

 「しっかりして、白葉!」

 日頃から白葉の世話をしている黒葉くろはが声をかけた。

 実のところ、黒葉だって相当に緊張しているのだ。これだけの観客を前にステージに立つなんてかのにとってもはじめてのこと。昨日の夜もなかなか眠れず、今日も朝から心臓がドキドキしっぱなし。吐き気さえ覚えるほど。それでも、自分以上に白葉が緊張し、プレッシャーに押しつぶされているので励ます側に回らざるを得ない。

 「人生で一瞬でもいいから輝きたい。そう思ったからアイドル業界に飛び込んだんでしょ。そのためのチャンスがやってきたんじゃない。ここで逃げ出してどうするの」

 「わかってる! わかってるよ、でも……」

 白葉は泣きじゃくりながら答えた。

 「あたしたちだけのことじゃないんだよ 富士幕府ではじめてのコンサート。ここで失敗なんかしたら富士幕府のイメージまで悪くなっちゃう。そんなことになったら……とても、責任なんか取れないよ」

 そう言ってシクシク泣き出す。

 誰もなにも言えなかった。重苦しい沈黙の降りた楽屋のなかに、ただただ白葉のすすり泣く声だけが流れていた。

 「もう時間」

 青葉あかばが言った。

 両親も兄も音楽家という音楽一家に生まれ育った青葉である。自身でステージに立ったことはないが、親の公演に付きあっていたので会場の雰囲気には慣れている。それだけに、誰よりも落ち着いている。

 「……立てない。立てないよ」

 白葉が名前よりも顔色を白くしてこぼした。

 『怖くて立てない』と言っているのではない。

 『体が動いてくれない』と言っているのだ。

 極度の不安と緊張から体の方がステージに立つことを拒否してしまっている。ガチガチに固まり、身動きひとつとれなくなっている。

 さすがに黒葉もどうしていいかわからなかった。声をかけることも出来ず、立ち尽くしていた。そのとき――。

 「なにしてるの、白葉」

 赤葉あかばがズカズカとやってきた。

 その表情にも、態度にも、普段とちがうところはなにもない。赤葉にしてもこれだけの観客の前でステージに立つのははじめての経験。まして、ユニットの命運めいうんを担うエースであり、センター。本来であれば白葉以上に緊張してもおかしくない。しかし、そこは赤葉。不安や緊張など無縁の人間。自分が失敗する子など想像も出来ない『よほど無神経な人間』の典型なのだ。

 赤葉は白葉の前に立った。腕を伸ばした。白葉の胸ぐらをつかんだ。そのままね力任せに引っ張りあげた。白葉の表情が恐怖に染まった。

 赤葉は白葉の胸ぐらをつかみながら言った。

 「うぬぼれないで」

 「えっ?」

 「観客はみんな、あたしを見に来てるの。みんなの恋人、世界のスーパーアイドル・赤葉をね。あんたを見に来ている観客なんていないのよ!」

 そう一喝いっかつしてから笑ってみせる。

 「安心しなさい。あんたがどんなドジを踏んでも、この赤葉さまの太陽の輝きで消してあげるから」

 「あっ……」

 「さあ、歩いて」

 その言葉に――。

 白葉は魔法のように歩きだしていた。

 「あ……」

 黒葉が、青葉が、黄葉が、呆気あっけにとられた様子でその様を見つめていた。

 「あ、あの、赤葉……」と、黒葉。

 「なに?」

 「……ありがと」

 「なんで、あんたがお礼を言うの?」

 「あ、なんとなく……」

 その言葉に――。

 赤葉は満面の笑みを浮かべた。

 「さあ、行くわよ、みんな! スーパーアイドル・赤葉を見に来たファンのみんなをまたせるわけに行かないんだから!」

 「はいっ!」

 そして、世界を照らす五人のアイドルたちは楽屋を出、自分たちの舞台へと進んでいった。その様を物陰からふたりの人間が見守っていた。森也とさくらである。

 「ふむ。おれの言おうと思ったことを赤葉が言ったな」

 「なんか……赤葉、かわったね。会ったばかりの頃の赤葉だったら、白葉があんなことになってたら怒鳴り散らすだけだったと思う」

 「人それそれ役割がある。そのことを理解したと言うことさ。白葉はずっと、自分の役割を果たすために頑張がんばっていたわけだしな」

 「そうだね。ところで、兄さん」

 「なんだ?」

 「男が女子アイドルの楽屋をコッソリ覗いてるってやっぱり、問題あると思う」

 「……それは、おれも思っていた」


 そして、ライブ会場に五人のアイドルが走り出してきた。歓声をあげる観客を前に赤羽が思いきり叫んだ。

 「ヤッホー、みんなあ、来てくれてありがとおっ! みんなの恋人、世界のスーパーアイドル・赤葉参上!」

            第三話完。

            第四話につづく。


 

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