第三話 太陽イブ!

明日のためにその1 明日の伝説

 「やっほ-、みんなあ、来てくれてありがとおっ! みんなの恋人・アイドル赤葉あかば、参上!」

 今朝も赤葉のとびきり元気な声が響き渡る。その声にいくつかの歓声が応える。

 「し、白葉しろはです、よ、よろしくお願いします」

 「黒葉くろは。よろしく」

 「青葉あおばです。よろしくお願いします」

 「黄葉おうはです~。皆さん、よろしくね~」

 センターの赤葉につづいて他の四人もそれぞれ挨拶する。

 黒葉はクールに、青葉は礼儀正しく、そして、黄葉は『お母さん』らしくおっとりと、それぞれにファンに呼びかける。白葉も相変わらずガチガチに緊張していてろれつが回っていない。

 一見すると、以前と何もかわっていない。それでも、よく見れば、四人それぞれにずいぶん熱意が増しているのがわかる。とくに白葉はガチガチなりに少しでも売り込もうと必死になっている。その必死さは『放っておけない小動物』と言った印象で、たしかに『守ってあげたい』精神を刺激するものだった。

 音楽が鳴り響き、ステージがはじまった。

 五人がステージ上で踊り、歌いはじめる。その場に集まった二〇人にも満たないファンが手を振りあげて応援する。

 赤岩あかいわあきらと藍条あいじょう森也しんやが共同経営者として運営するクリエイターズカフェ。その三階にある多目的ホールでのことだった。

 富士ふじ幕府ばくふに参加して以来、ふぁいからりーふは毎週月曜から金曜の朝、この多目的ホールでミニライブを開いている。なぜ、平日限定かと言うと、これから通勤・通学という層を狙ったものだからだ。

 自分の推しのライブを見ながら朝食をとり、気分をあげて学校や職場に向かう。

 そんなライフスタイルを提案してのライブである。

 チケットは出演者自らが用意、販売する。ホールの使用料はタダ。チケットの販売額はそっくりそのまま出演者の稼ぎとなる。ステージに見に来たファンが飲食した分が店の利益となる。そういうシステム。

 もし、ファンの誰も飲み食いしていかなければ店の利益は一円も出ない。しかし、それならそれでかまわない。そう割り切って行っている。

 クリエイターに活動の場を与える。

 それが、クリエイターズカフェの理念だからだ。

 もちろん、ふぁいからりーふ専用というわけではなく、申し込みさえあれば誰でも使える。ライブだけではなく、漫才、演劇、マジックショー。なんでもござれ。店のイメージを損ねるような出し物でない限り。

 だが、現状、他に申し込みがないのでふぁいからりーふの占有状態である。おかげで、毎日のように開催できる、と言うわけだ。

 そのライブをホールの外から森也とさくらのふたりが並んで見つめている。

 共同経営者のひとりとして店で行われるイベントはきちんと管理してなくてはならない、と言うのが主な理由だが、他の理由もある。

 防犯対策である。

 何しろ、小さいホールのことなのでタレントとファンの距離が近すぎる。タレントに手を出そうと思えば、簡単にできてしまう。昨今ではアイドルを傷つける事件などもよくあるので油断は出来ない。一応、感染症対策も兼ねてステージと観客席とを透明なアクリル板で仕切ってはあるのだが、だからと言って、放っておくわけにもいかない。いざというとき、割って入ることの出来る人間が常に待機していなくてはならない。

 もちろん、専門のガードマンを雇うのが一番なのだが、オープンしたての店とあってそこまで手が回らない。そこで、とりあえず、スタッフのなかで数少ない男である森也が臨時でガードマン役を務めることになった。

 当初はあきらが『タレントの安全は将軍であるわたしが守る!』と、自分がガードマンを務めると主張した。たしかに、ガードマンとしては森也よりあきらの方が格段に向いている。何しろ、赤岩あきらは見た目こそはお人形みたいに小柄で華奢な女の子だが、その実、剣道全国大会の常連。おまけに熱血ヒーローマンガそのままのバトル好き。竹刀一本もたせておけば天下無双。その辺のヤンキーかナイフを振りまわしたところでものともしない。しかし――。

 いかんせん、あきらの場合、『〆切』という強力すぎる敵がいる。この強敵を倒すために全力を尽くさなければならず、ガードマンなどしている余裕はないのだ。

 今日も今日とて〆切に追われ、チーフアシスタントを務める森也の姉、緑山みどりやま菜の花な かと共に仕事場に籠もってヒイヒイ言っている……。

 なお、森也もマンガ家である以上、当然、〆切はあるのだが、森也の場合、あきらに比べて仕事のペースが圧倒的に早く、かつ仕事量がはるかに少ないという事情がある。夜中の数時間を仕事に当てれば充分なので昼間は空いているのだ。

 その森也はいま、ふぁいからりーふのライブをじっと見つめている。その真摯しんしな表情は美術品を審査する鑑定家のそれだった。

 「……立派なものだよ、あいつらは」

 「なにが?」

 兄のつぶやきにさくらが尋ねた。

 「こんな小さな会場でわずか三〇分のミニライブ。ファンだって二〇人といやしない。それなのに、誰も手を抜いていない。自分に出来る全力を出そうとしている。」

 「うん、そうだね」

 「なまじ、自信のある奴ほど下積みに文句を付けるものなんだかな。あいつ等はちがう。文句ひとつ言わずにいま、自分のすべきことを全力で果たそうとしている。これは大事な点だ。覚えておけよ。どんな業界でもそうだが、上に登っていくのはそのときその場の自分の役割をきっちりこなす人間だ。『なんで自分がこんなことを……』なんて愚痴ぐちってるやつは一生、下っ端だ」

 「……はい」

 森也たちの見守るなか、ライブは進んでいく。

 相変わらず黒葉ばかり背が高いために一列に並ぶとバランスが悪いし、ダンスは赤葉ひとりうますぎるので統一が取れていない。歌に関しては青葉が飛び抜けているのでやはり、そろっていない。同じ歌を唄っているように聞こえない。加えて、黄葉ひとり、やたらおっとりした雰囲気なのでユニットとしての統一感がない。それでも、『グラミー賞を取る!』という共通の目標をもったためだろう。以前に比べれば一人ひとりが合わせよう、そろえようという意識をもって取り組んでいる。その分、ユニットとしての完成度は確実に上がってきている。ただし――。

 「……白葉、また立ち位置まちがえてる。歌もトチってるし、トークも忘れてるし」

 「……あいつだけはかわらんな」

 共通の目標をもとうがどうしようが、白葉はやっぱり――。

 白葉なのだった。

 三〇分のミニライブが終わった。

 赤葉たちが透明な汗をはじさせながらファンに向かって頭をさげると、ファンたちの拍手が響いた。手を振ったり、声をかけたりしながら、ホールを出て行く。赤葉たち五人もそれぞれに手を振ったり、声に応えたりして送り出す。

 赤葉は『せっかく来てくれたんだから一人ひとり握手して送り出したい』と言ったのだが、さすがにそれは無理。感染症対策と防犯というふたつの観点からファンとの直接的な接触は避けなければならず、実現するのは不可能だった。

 その分も、と言うことか、赤葉はひときわ大きな身振り手振りファンを送り出している。

 「みんなあ、今日はありがとおっ! 仕事に、勉強に、がんばってねえっ!」

 ファンとの交流を邪魔するアクリル板なんて吹き飛んでしまえっ!

 とばかりに溌剌はつらつとした声をあげてエールを送る。アイドルに応援されて、ファンたちは嬉しそうに自分の戦場に向かっていく。

 「……ふむ」

 と、森也はホールを出て行くファンたちの姿を見ながら小さく呟いた。

 「どうかした、兄さん?」

 「ファンの顔、見たか?」

 「えっ?」

 「以前に比べて満足げな顔が増えている。見知った顔も増えてきてるしな。ライブの満足度があがってリピーターもつきはじめたようだ」

 「……言われてみれば」

 「徐々にだが、成果が現れはじめているわけだ」

 森也は、森也らしく慎重に、それでも――。

 たしかに嬉しさを込めてそう言った。


 「だからあっ、この程度じゃまだまだだって」

 「で、でも、お客さんたちみんな、喜んでくれてたよ?」

 「毎回きてくれる人もいるしね。けっこう、人気出てきたんじゃない?」

 いかにも不満げな赤葉の言葉に白葉と黒葉が答える。マイペースふたり組の青葉と黄葉とりあえず会話に参加する気がないらしい。

 「なに言ってんの!」

 パアン、と、大きな音を立てて赤葉がテーブルを叩いた。

 「あたしたちはアイドル! アイドルは光り輝く存在、ファンというファンすべてに元気を届けるのが役目! まして、このライブに来る人たちはこれから学校や職場に行って戦おうっていう人たちなのよ。その人たちに一日中、戦う力を与えてあげなきゃならないのに、この程度で満足してるわけにいかないでしょ!」

 燃えさかる炎を背後に背負い、そう断言する赤葉である。

 ライブを終えてシャワーを浴び、それぞれの学校の制服を着てテーブルに着いている。五人とも高校一年生なので、これからそれぞれの学校に向かうのだった。

 「そのプロ根性は立派だがな」

 森也が大きなトレイを両手にもってやってきた。後ろにはやはり、大きなトレイを両手にもったさくらがつづいている。

 「一足いっそくびに成果を求めるな。一歩いっぽ着実に、だ。あまり、最初から高い目標をもちすぎるとプレッシャーに押しつぶされるぞ」

 「なに言ってんの。てっぺん目指す気がなかったら一歩だって進めるわけないじゃない」

 と、赤葉。不満そうに頬をふくらませている。

 森也はそんな赤葉をさとした。

 「最初から頂点を目指して、実際に頂点まで進んでいく。そんなことが出来るのは、お前のような特別な根性をもった人間だけだ。普通の人間が目指すべきは目先の一歩を踏み出すことだ」

 「ふむ。それもそうか。あたしひとりでやってるわけじゃないもんね」

 森也に『特別な根性をもった人間』と言われて嬉しかったのだろう。赤葉はおすまし顔で納得して見せた。そんな赤葉を、黒葉が目を丸くして見つめている。以前の赤葉だったら『まわりがあたしの足を引っ張ってる!』と、がなりたてているところだ。

 「まあ、とにかく朝食だ。ライブで力つかって腹減ってるだろう」

 と、森也とさくらがトレイを置き、朝食を並べはじめた。

 その場になんとも食欲を刺激する匂いが立ちこめ、ふぁいからの五人はそろって歓声をあげた。

 食べ盛りの一〇代、しかも、ライブで思い切り体力を使ったばかり。ふぁいからの五人はそれにふさわしい旺盛な食欲を発揮して並べられた食事を平らげた。その食べっぷりは見ていて気持ちが良いほどだった。ちなみに、これらの食事は店の残り食材を使って森也が自ら作ったまかない飯。店側からのサービスである。

 食後のお茶を飲みながら森也が改まった口調で言った。

 「さっきの話だが……徐々にだが成果はたしかに出てきている。ステージの完成度も高くなってきているし、ファンの満足度もあがっている。リピーターもつきはじめた。お前たちが毎日、地道にライブに取り組んでいる成果だ。実際、よくやっていると思う。こんな小さな会場で、それでも一切、手を抜かずに演じきっているんだからな。その姿勢には敬服する」

 森也はそう言って軽く頭をさげた。

 白葉が、

 黒葉が、

 青葉が、

 そして、黄葉が、

 そんな森也をくすぐったそうな表情で見つめている。

 アイドルとは言え一〇代の少女たち。年上の男にこんな風に敬意を払われ、頭をさげられることなどまず、あり得ない。そのあり得ないことをされて一様に喜びと誇りを感じているのだ。

 ただひとり、赤葉だけがちがう反応を見せた。

 「ああ、いいの、いいの。この下積み時代がのちに伝説になるんだから。『「あの世界No.1アイドル、赤葉でさえ、最初の頃は苦労してたんだ』ってね」

 「世界No.1って……本当になれるつもりなの?」

 さくらがややあきれたように口にした。

 赤葉は迷いなく答えた。

 「なれるかどうかじゃなくて『なる』の。そう思わなきゃなれるわけないじゃない」

 『ふんぬ!』とばかりに胸を張り、そう言い切る赤葉だった。

 赤葉は本気で世界No.1アイドルになるつもりでいるし、そうなれると確信している。そうなるために出来ることは全部やる。その点ではあきらによく似ている。生まれながらのスター気質なのだ。

 「たしかにな」

 森也もうなずいた。

 「意思がなければ何もはじまらない。現在、赤葉地区に活動拠点となる城を整備中だ。そこでのライブがお前たちにとってはじめての、本格的な活動となる。あそこなら万単位のファンを呼べる」

 「ま、万単位……」

 その数字に――。

 白葉がゴクリと唾を飲み込んだ。

 「まっ、それだけのファンが来るかどうかはお前たちしだいなわけだが」

 と、森也は肩をすくめながら付け加えた。

 すると、赤葉がすかさず、

 「任せて!」と、叫んだ。

 背景には鉄をも溶かす紅蓮ぐれんの炎が燃え盛も さかっている。

 「アイドル・赤葉はみんなの恋人! 必ず、会場を満員にしてみせる。あたしは必ずグラミー賞を取る! アイドルの一番星にたどり着いてみせる!」

 「とりあえず、学校いこ? もう時間だよ?」

 白葉がそう言ったのだった。

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