ミッション4 『月でピザを食うために』計画を説明せよ

 「ここが、兄上の家か」

 森也しんやの家にあがった途端、かあらはジロジロと無遠慮ぶえんりょに家のなかを見渡した。その視線はほとんど解剖中の解剖学者と言った印象で、はっきり言って失礼極まる。こんな態度をとるあたりなるほど、人間関係にはたしかにうといらしい。

 「『部屋のない家』というのも面白い発想だ。家族のサイズ変更に対応するために固定された個室を廃止し、ユニット型の個室を配置するとは。『月でピザを食うために』計画といい、兄上の独創性には感服する」

 「発想力と独創性なら、おれが史上最強」

 められて照れることも、謙遜けんそんすることもなく、はっきりそう言い切ってしまう当たり、森也もやはり(少なくとも日本的には)対人スキルに長けているとは言えない。

 ともかく、くわしい話をすることにして、かあらを部屋の中央にある囲炉裏いろりの前に座らせた。制服のミニスカートのまま――他の服は寝間着ねまきしかもっていないらしい――座布団の上で平気であぐらをかいた。おかげで細すぎるほど細いあしが丸見えである。へたをすると下着まで見えそうだ。

 ――外国育ちなら正座が出来ないのは仕方ないとは思うけど……。

 と、こちらは座布団の上できちんと正座しているさくらは思った。

 ――それならせめて、パンツをはけばいいのに。

 うかつに目をやるとスカートの隙間から下着が見えてしまいそうで、同性ながら目のやり場に困るさくらであった。

 ――もっとも、本人は見られたって気にしないんだろうけど。

 関わった時間はまだまだほんのわずかだが、それだけの時間でもかあらのかわったパーソナリティーは理解出来ている。それぐらい、変人振りがはっきりしている。そもそも、普通の女子だったら、他人同然の男の家に住むことを承知するはずがない。

 ――天才と何とかは紙一重ってやつね。まあ、いきなり誘ったあたしもあたしかもだけど。

 そう思い、納得することにしたさくらであった。

 森也が三人分のお茶をれて、運んできた。紅茶は先ほどレストランで飲んできたし、囲炉裏の雰囲気に合わせて緑茶である。

 「……うまい」

 お茶を一口、飲んで、かあらは目を丸くした。

 ――無表情なタイプだと思ってたけど、変化が小さいだけで表情はちゃんとあるのね。

 自分でもお茶を飲みながらさくらは思った。慣れてくると小さな表情の変化にも普通に気がつけるようになる。

 「見事な茶だ。レストランで飲んだ紅茶よりずっとうまい」

 「おれは茶にはうるさいんでな。素人に毛の生えたようなファミレス店員の淹れた茶には負けんよ」

 「お茶だけじゃないわよ。兄さんは料理もすごい上手なの。おいしいんだから毎日きちんと食べて。あなた、絶対、痩せすぎだもの」

 「ああ。期待させてもらう」

 「大いにしてくれ」

 と、『謙遜けんそん』という美徳びとくとは縁のない森也は胸を張って答えた。

 「さて。それでは、くわしい話といこうか」

 森也はそう前置きしてから話しはじめた。

 森也の紡ぐ言葉に合わせるかのように時計の針が動いていき、トクトクと時が過ぎていく。湯気を立てていた湯飲みが徐々に冷めていき、すっかり湯気を立てなくなった。

 「なるほど」

 話を聞き終えたかあらが静かにうなずいた。その表情は相変わらず変化には乏しいが、それでも『おもしろい』という色がはっきりと浮かんでいた。これがオーバーアクションの代名詞、赤岩あきらであれば背中に砕ける波濤はとうを背負って『おもしろい!』と絶叫している、そう言うレベルの表情だった。

 「月でピザを食うために。そのために、地球上の問題を解決する。そのための四つの手順か。実におもしろい。興味深い。何とも壮大で、野心的なプロジェクトだ」

 「そう。かつてない、人類の誇りをかけたプロジェクトだ。その実現のために、科学者が必要だ。このプロジェクトが必要とする技術を開発し、現実のものとするために。もちろん、生半可な科科学者では役に立たない。世界最高峰の知識と技術、先入観に囚われない柔軟な思考、そして、なによりも不可能と思えることを覆すだけの気概きがいと挑戦心。それらすべてがそろっている必要がある。時任ときとうかあら。お前はそれができるか?」

 「やろう」

 森也に問われ――。

 かあらは即答した。森也を見返す瞳には迷いも、ためらいも、わずかたりとも存在しない。

 「それほどに壮大なプロジェクトとなれば無関心ではいられない。わたしから頼む。ぜひとも『月でピザを食うために』計画に参加させてくれ。だいじょうぶ。わたしは人間関係には弱いが、機械にかけては史上最強だ。必ずや兄上の要求に応えてみせる」

 と、かあらは先ほどの森也の口調を真似て請け負った。

 「それで、まずはなにをやればいい? 何でも言ってくれ。どんな要求でもこなしてみせる」

 「まずは飛行船の開発だ」

 「飛行船?」

 「そうだ。四つの手順のうちのひとつ。領土国家からネットワーク国家への変更。それを実現するためには、なによりもまず『交通網の呪い』から人類を解き放たなくてはならない。交通網の維持整備が必要とされる限り、その管理に責任をもつものを現わす領域としての領土はなくしようがないからな。そして、交通網をなくすためには空を飛んで移動することが当たり前にならなくてはならない。そして現状、車にかわるドアツードアの輸送手段となり得る飛行手段は飛行船だけだ」

 「飛行船か。ドローンではいけないのか?」

 「ローターを使っての飛行では騒音・暴風の問題はどうしてもついてまわる。おれが望んでいるのは本当に自宅のガレージから飛び立って、他の家のガレージに入るという、車同然の使い方だからな。ローターを使っての飛行はそぐわない。

 もちろん、飛行船には数々の不具合があることはわかっている。ガスの浮力で浮く構造上、小型化はまずできないし、操作性も劣る。可燃ガスである水素を使うことの危険性もついて回る。だからこそ最先端の、いや、それ以上の技術を開発し、ドアツードアの輸送を実現できる新しい飛行船を作る必要がある。そのために、従来の枠に囚われない柔軟な思考の出来る科学者が必要だ」

 「ふむ。なるほど」

 かあらは森也の説明を受けて小首をひねった。

 「そうなると、わたしとしてはいっそ半重力システムの開発に取りかかりたいが」

 ――半重力って、それはさすがに無茶でしょ。

 そう思ったのは常識人のさくらだけであって、森也の方は、

 「それは、大いにやってくれ」

 と、鷹揚おうように受け取った。

 ――ありなの⁉

 と、思わず心でツッコむさくらであった。

 「タケコプターはおれもぜひ実現してほしい。あとはタイムマシンと、どこでもドアな」

 「さすがは兄上。よくわかっている」

 かあらは森也の言葉に満足そうにうなずいた。

 ――……ああ。このふたり、完全に同類なんだ。

 いまさらながらにそのことに気が付き、納得するさくらであった。

 「しかし、当面は不可能な技術であるのも確か。となるとやはり、現実的には飛行船しかない。まずは、その飛行船の開発を頼む」

 「心得た。四次元ポケットを手に入れた気でいてくれ」

 「四次元ポケットはおれの方だ」

 というのが、かあらの言葉に対する森也の返答であった。

 「ともかく、今日はもう遅い。これ以上は今後のこととして今日はもう休んだ方がいい。さくらとお前には学校があるわけだし、さすがに出席日数だけはクリアしないとまずいんだろう?」

 「ああ。その点だけはクリアするように言われている」

 「では、あとは明日からだ。急遽きゅうきょ、運ばせた個室と家具だから趣味には合わないと思うが我慢がまんしてくれ。そのうち、改めてそろえにいこう」

 「いや、かまわない。わたしは家具などには興味はないからな。使えさえすればそれで充分だ」

 ――でしょうね。

 と、心から納得するさくらであった。

 「それより、兄上。すまないがスマホを出してくれ。送っておくべきデータがある」

 「データ?」

 森也はいぶかしがりながらも自分のスマホを起動させた。ほどなくして、画面上にいくつかの数字が現れた。

 「何だ、この数字は?」

 「わたしの着替え時刻及び入浴時間だ」

 「はい?」

 「……そんなものをおれに送りつけて、どうしろと言うんだ?」

 さくらが頓狂とんきょうな声をあげ、森也がたずねる。

 かあらは当たり前のように答えた。

 「年頃の男女がひとつ屋根の下で暮らすと言うんだ。ラッキースケベは起こさねばなるまい。時間を教えておくからいつでも来てくれ。それとも、一緒に転倒して下着に顔突っ込み、の方がいいかな?」

 「あ、あのねえ……」

 さすがに常識からずれすぎたかあらの言葉に、さくらは苦言くげんていそうとした。しかし、ここはさすがに森也の方が早かった。年長者としての貫禄かんろくを見せてたしなめた。

 「馬鹿なことを言うな」

 ――ほっ、さすが兄さん。常識はわきまえてるわ。

 さくらはそう思ったが、

 「意図的に起こしたら『ラッキー』とはならんだろうが」

 「………」

 「………」

 「………」

 しばしの沈黙のあと――。

 「おお、たしかに!」

 かあらは感動したように声をあげた。かの人にしてはかなりめずらしい大声だった。

 「これは、わたしがうかつだった。では、その数字は削除しておいてくれ。ラッキーが起こるのをまつとしよう。では、失礼して先に休ませてもらう」

 かあらはそう言って用意された個室に向かった。

 後ろ姿を見送りながら森也は呟いた。

 「……やはり、あいつはずれているな」

 「……兄さん。自分のこと、棚にあげてるでしょ」

 兄をジト目で睨む、さくらのツッコミが炸裂したのだった。

 

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