第14話 孤独と檻

 商人となったミーネをこの街に残したままストーリーが一定以上進行すると、ミーネは旧食堂のチェックポイントからいなくなり街の路地裏で死体となって発見される。


 ゲーム内で彼女の死因について直接言及されることはないが、ミーネは勇者たちの為に定期的にチェックポイントから離れ物を拾い集めに行っていたのでその道中で怪物に襲われたのだと考えられる。


(ミーネをこの先も生かしておくためには、二つの条件を満たす必要がある…)


 一つは本拠点である王喚びの神殿にミーネを連れていくこと。


 もう一つはこの子鼠王国内にいるアイテム混然術士の壺婆つぼばあを助けミーネと同時期もしくはミーネよりも先に王喚びの神殿に連れていくことだ。


 ミーネは同じ鼠人族のNPC壺婆ことマロットに引き合わせることで彼女の弟子となり、合成したアイテムや素材をプレイヤーに販売してくれるようになるのだ。


 逆に、マロットを救出していない状態でミーネを王喚びの神殿に連れていくと次にプレイヤーが神殿に戻ってきたタイミングでミーネが死んでしまったことを知らされる。


 これも死因が明らかにされていないので考察になってしまうのだが、両親を亡くしたミーネにとって勇者たちの役に立つ事が唯一の希望だとゲーム内では口にしていたので、王喚びの神殿に行き物を拾い集める事が出来なくなった時、彼女の心は折れてしまったのかもしれない。


(……王喚びの神殿は勇者や壊嵐霧を生き延びた者にとって唯一の安らぎの地である)


 しかし、家族を失ったミーネに待つのは安息地という名の”檻”だ。


 人々の眼から見ると、俺たち勇者や魔法障壁を越え逃れてきた生存者たちは壊嵐霧に耐性があるとしてもいつ怪物になってもおかしくない存在として映っている。


 それ故に、英雄とそれを支える者たちの住処としてクロノホルン主導のもと建築された王喚びの神殿は魔法障壁の外…アインタロス大陸とも違う時空の狭間に存在し、ワープを用いる事でしか出入りできないのだ。


(まあ…英雄も怪物も紙一重ってことなんだろう)


「……」


 埃を被った鏡を手で拭い、目覚めてから初めて自分の姿をしっかりと確認した。


(銀色の髪、黄金の瞳…)


 自身の顔を確認したのは今が初めてだが、鷹のように鋭い眼光のこの男が岩竜の騎士ソルドーであることはやはり間違いなかった。


 オールバックの頭髪と同じ銀色の顎鬚、右の眉に入った小さな古傷。


 顔つきも体格も声も、全てゲーム内のソルドーと一致している。


(勇者となった者はその後年を取らなくなる)


 外見からして人間の年齢でいえば三十の半ばを過ぎた頃あいか。


 全種族の中でも圧倒的長寿で知られる竜人族。


 ソルドーの実年齢が幾つなのか、実際のところは分からぬが。


 どうせこの先、老いによる死は訪れないのだからもはや年など関係ないのかもしれない。


(老いぬ肉体に蘇りとくれば…化け物扱いも仕方がない、か)


「む…」


(なんだ…? )


 物思いに耽りながらも、旧食堂内の掃除もそろそろ一区切りつくかというタイミングで。


 ミーネを残ししてきた食堂の一階から何やらドタバタと音が聞こえてきた。


(まさかとは思うが…! )


 チェックポイントの近くには怪物が寄り付かなくなるが人は例外だ。


 悪意を持った者がここに立ち寄れば、身を守る術を持たないミーネがどうなるかなど結果は目に見えている。


「おい、どうしt


「おじさぁぁぁぁぁぁん!! 」


 慌てて一階へと降りた俺の元に、弾丸のような勢いで小さな人影が飛び込んできた。


「っと…大丈夫か? 何があった? 」


「おじさんが…っ…おじさんがぁ……いなくてっ…アタチ…お礼も…おれいも…まだ、まだぁ…」


「お礼…? 」


「アタチ…アタチいい子にするからぁ…行っちゃやだぁぁぁ…! 」


「オイ、落ち着け! 俺はまだ何処にも行かんゾ」


「まだって…まだって言ったぁぁ…! 行っちゃやだぁぁぁ、やだぁあぁぁ!! 」


「いや…! ま、まずは俺の話をだな…」


「やだぁぁああぁぁぁぁ!!! やだぁぁあぁっ…! 」


(ぐえー! どうしたらいいんじゃぁぁぁ! )

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