第41話 もしかしたら

「たぶん、今ストーカーがいる」


その文字列がスマホの上部に現れた途端、全身をバチバチとした悪寒が襲った。まず位置アプリを起動して彼女の位置を確認し、LINEを開いた。


「今の藤原の場所と、ストーカーの場所を教えて」


「私は車両の端っこの席に座ってる

 ストーカーはその隣の車両から私を見てるの」


「連結部を挟んですぐそこ?」


「うん」


 そこで俺の乗っている電車が止まったので、降りて全力で駅の中を走り、反対車線から発射しようとしていた電車に駆け込んだ。それからまたスマホを確認する。


「青と水色のストライプのシャツに黒いスラックスを履いてる

 ネクタイは黄色っぽい」


「顔は?」


「怖くて、そっちの方を見てない」


 情報を集めたかったが、彼女に怖い思いをさせるのは嫌だし一刻も早くストーカーから遠ざけたかった。


「取り敢えず、隣の車両に移って」


「前の方と後ろの方、どっちに行けば良い?」


「ストーカーはどっちにいるの?」


「前の車両にいる」


「じゃあ後ろの車両

 いや、いちばん後ろまで頑張って行って。車掌さんがいるから

 それから、ふたつ先の駅で降りて」


「降りたあとは?」


「中央改札のところで待ってて。15分で俺が行くから」


 まだそれほど離れていない時で良かった。しかもちょうど反対車線の電車にも乗れた。駅員もいて人の多い改札エリアなら彼女は安全だろうが、そこで長く待たせるのも気が引ける。これからもこれが続くならやっぱり警察に相談したいが、実際に何かされない限り何もしてくれないだろう。それに彼女自身が嫌がっていた。たとえ自分が悪くなくても、やはり警察というのはそれだけで怖いんだろう。


「改札のとこまで来たよ」


「それじゃ、駅員室の近くくらいで俺を待ってて。ストーカーを見つけたらすぐに知らせるんだよ」


「駅員に?」


「いや、俺にLINEで

 危ない時はブザー鳴らせば駅員さんはすぐ来てくれると思うから」


「分かった」


 それからしばらく、彼女からは連絡がなかった。彼女の位置アプリを確認すると、駅のおそらく中央改札があるであろう場所に彼女の位置が表示された。


「もう駅に着く」


 俺は彼女にそう連絡し、その駅で降りた。青と水色のストライプのシャツに、黄色のネクタイ。ネクタイの色まで分かればおそらく1人に特定できるはずだと思い、中央改札に向かうまで俺は視界に入る全ての人間の服を確認した。シャツのサラリーマンはそれなりにいる。だが、結局彼女と会うまで青と水色のストライプのシャツを着た人間は見つからなかった。


「藤原!」


 壁にもたれていた彼女は、俺の声に気付くとこちらを向いて歩いてきた。やはり元気はない。思ったよりも俺の声は響いていて、若干周りの視線を集めてしまった。


「ありがとう、来てくれて」


「大丈夫か、何か言えてないことはないか」


「大丈夫。隣の車両から見られてただけ」


「よかった......」


 ひとつ大きくため息をついてしまった。彼女は無事だった。


「ありがとう。今日はもう、大丈夫なのかな」


「あぁ、それらしい人はいなかったから、多分大丈夫だと思う」


「そっか、ありがとう」


しばらく沈黙が続いたあと、やがて俺が言った。


「じゃあもう、帰ろうか。明日と明後日は授業ないしちょっと休もう」


 もう少し一緒に付き添ってやりたがったが、もはやここまでが限界だった。時間は遅かったし、何より体調がもうダメだった。体がだるくて頭痛がひどい。ここ最近では別に珍しいことでは無かったが。


「ホームまでついていくよ」


「ありがとう」


 次の電車は10分後だった。特に何を喋るでもなくそれを待っていると、反対車線に電車が停まり、やがて発進した。


「今の、橋下が帰れたやつじゃない?」


「そうだったか」


「たぶんそうだよ」


「まぁ良いよ。俺門限とかないし明日なんもないし」


「でもありがとう。ここまで来てくれて。優しいし、行動力もあるよね」


 彼女のその言葉はいやに引っかかった。果たして俺はそんな人間だったか? そうじゃない。入学したてのあの頃、俺は傷つけられる君をただ見ているだけだった。


「それは......相手が藤原だからだ。俺はそんな人間じゃない」


「そんな人が、私を大好きでいてくれてるんだね」


俺は咄嗟に彼女の方を向いたが、その時ちょうどやってきた電車の方を彼女は見ていた。そのまま彼女を見つめていると、彼女は振り返って俺の目を見て言った。


「もしかしたら──」


俺たちの前にやってきた電車はそこに停まるとともに、金属の擦れる大きな音をそこら中に響き渡らせ、彼女の声をその不快なブレーキ音でかき消した。その白いマスクの下でなんと言ったのか分からないまま俺は彼女と見つめあっていた。やがて彼女は開いたドアから電車に乗り込んでしまう。


「ありがとう」


もう一度そう言って、彼女は帰った。

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