第40話 響動

 いつものように、俺は駅で彼女を待つ。


 彼女の家の最寄り駅は以前話した時に聞いたので知っていた。そこから家までは歩いて十数分だということも。そして位置情報を共有するようになり、その家路についての解像度はより上がった。駅から降りてからすこしの間大きな道を歩き、そこから住宅街に入っていく。道は入り組んでいて、あたりを明るく照らすような店はない。別の地図アプリで航空写真を見てみても、やはり夜には暗くなることが予想された。危ないとしたらここだろうか?


 位置情報を共有するようになった昨日は彼女から連絡がなかった。今朝聞いてみても、それらしい感じはしなかったと。そもそもいるかどうか分からないと言っていたしこのまま現れなければ良いのだが。


 位置アプリを確認すると、もうすぐ彼女がこの乗り換え駅に到着するところだった。やがて彼女が乗っているであろう電車がここから少し離れたホームに着いた。それからすぐに、ホームから改札へ向かう彼女の姿を捉える。なんだかフラついているようだった。


 彼女が階段を上がると、やがてこちらのホームからは見えなくなった。よく彼女は改札口に上がってからこちらへ来るまで不可解に長い時間を経たせることがよくある。俺はアプリで彼女の位置情報を再び読み込んだ。表示はライブに切り替わって駅構内での彼女の位置を正確に写す。するとどうだろう、彼女は改札を出るなりこちらとは逆方向へ歩き出した。


 しばらく歩いたところで彼女は引き返して正しい方へと歩き出した。そして、途中にあるお菓子屋に立ち寄った。だが10秒もせずに店から出てこちらのホームへの改札を通る。やがてホームに降りてきたが、やはりフラついているようだった。そんな今すぐに倒れそうという感じではない。首がほんの少し不安定で、歩幅がせまくて歩くのがゆっくりだ。あと髪がボハボハだ。


「おはよう」


「おはよ~......」


「昨日寝たの何時?」


「昨日は寝てない。今日の朝7時から寝た」


「俺がLINEした時までずっと起きてたのかよ」


「ついさっきまで寝てたから5時間くらいは寝たよ。あ、そうだ防犯ブザー持ってきた」


 確かに、彼女のリュックのベルトから黄色の防犯ブザーがぶら下がっていた。持ってきたことを褒めてもらいたそうに、その防犯ブザーを俺に見せびらかすように彼女はそれに手をかけようとする。俺は嫌な予感がしたので、とっさにその防犯ブザーに手を伸ばして引き具と本体を握り込むが、彼女がブザーを鳴らす方が先だった。一瞬だけ辺りにけたたましい音が鳴り響き、すぐに俺の手によって止められる。


「なんで今鳴らすんだよ!?」


「あっごめんなんとなく」


 俺は周りを見渡して、そこにいた何人かの人たちの反応を見た。やはり皆んな変な目でこちらを見ていたようだったが、まぁ大事おおごとにはならなさそうだった。彼女と一緒にいるとこういうことがよくある。正直、それは凄く疲れることだった。


「そんなにしょっちゅう鳴らしてたら即オオカミ少年になっ......」


「分かってる分かってる、車に連れ込まれた時とかでしょ?」


「いやそれは遅すぎるだろ。追いかけられた時とか、腕を掴まれた時とかだよ」


「覚えた」


「危なくなったら、だからな。臨機応変に」


「ストーカーの人相、思い出したよ」


 唐突に彼女がそう言い、俺は身構えた。やはり実際にいたのだ。片手に持っていたスマホの位置アプリを閉じてメモ帳を起動する。


「教えて」


「うん。正確には分からないけど、背はそんなに高くないけど、細い。サラリーマンっぽい感じで黒いスラックスにシャツは青っぽかった」


「顔とか、髪型とか分かる?」


「いや......覚えてない。どこにでもいる普通のサラリーマンな感じってことしか」


 確かにその通りだ。特段変わった髪型でもなく、夜の電車で黒いスラックスに青っぽいシャツを着たやつなんていくらでもいる。これじゃまだ分からない。まだストーカーがいないという可能性も残ったままだ。いやそれが一番良いのだが、いるのにそうでないと結論付けるリスクだけは冒せない。ただ、「いるかどうかも分からない」と言っていたところから急に人相を思い出したのは少し変な感じもした。


「じゃあ、また何か分かったら教えて」


「うん。ありがとう」


「小テストの勉強でもしよう」


 俺はそう言うと、電車の中でリュックからノートを取りだして隣に座る彼女に見せた。いつものように塾に到着し、彼女はエナジードリンクを買い、一通り授業を済ませる。そうして帰りの駅で彼女と別れたのち、彼女からLINEが届いた。


「たぶん、今ストーカーいる」

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