第38話 新たな危機

「気のせいかもしれないんだけどさ、誰かにストーカーされてる」


 電車で座ってしばらくしてから、彼女がそう言った。俺はスマホから顔を上げて呆然と天井を眺めてから、彼女の方に向き直った。


「いつ、どこで」


「塾帰りとか、乗り換えで橋下と別れたあと。ずっと見られてる」


「どんな奴なの」


「分からない。そっちの方を見ても誰なのか分からないし、怖くて探しにもいけてない」


 元気はないがいつもとそんなに変わらないトーンで彼女はそう言った。ことがことだけに凄まじい衝撃だしいろいろ考えたいことはあるが、まずは彼女から出来るだけのことを聞くべきだろう。


「いつくらいからなの」


「分からない。でも、夏休み始まって一週間くらいはそんなの全く感じなかった」


「8月に入ってからか。今日は18日だから、2週間くらいは続いてるんだな」


「うん。そのくらい」


 なんでもっと早く言わなかったんだと言いたかったけれど、ぐっと我慢した。別にこれは彼女に限らず、ストーカー被害に遭ってるかもなんてなかなか言い出しにくい事だろう。それにしても誰がなんの目的でそんな事をしているのか。


「ストーカーに心当たりはないの?」


「全く分からない。そもそも、本当にされてるかも分からない。だから今まで言わなかったんだけど」


「じゃあ、まだ警察とかは......」


「警察なんか! まだ何かされたわけじゃないし」


 彼女が少し食い気味に言った。怖いのだろうか? それにしても、どうすれば良いんだろう。塾帰りで俺と別れた後にストーカーしてるなら、明らかに計画的にやっている。単に彼女のことが好きでストーカーに及んでいる奴か、それとも何か恨みがあって危害を加える目的でやっている奴か。前者でも充分危険だが後者ならより緊急性は高い。


「藤原、防犯ブザーとか持ってる?」


「今は持ち歩いてない。でも小学校の時に使ってたやつが家にあるかも」


「じゃあ明日からは持ち歩くようにして。鳴るかどうかちゃんとテストして」


「分かった」


「それと、次またストーカーがいると思ったらすぐに俺にLINEして」


「分かった」


 とりあえず思いつく対策を彼女に伝えた。どうせ忘れるだろうから俺がLINEか何かで思い出させる必要があるだろうけど。これからは毎日別れたあとに逐一LINEで状況を確認しないといけない。


「あのさ、私このこと忘れちゃうかもしれないから、橋下からLINEくれない?」


 彼女は困ったような表情で俺にそう訴えかけた。俺は少し沈黙してから、すこし笑った。


「今そうしようって考えてたところだったよ」


「ああ、そうなんだ、よかった」


 彼女はほっと一安心したような顔をしたが、俺の方は全くそんなことはなかった。どうすれば良い......? 彼女にストーカーがついた時にそれを知ることが出来ても、もしそこで何かあったら俺には何も出来ない。ストーカーの特定材料を得る事は出来るだろうが、いざという時守れなければそれも意味が無い。......でも、まだいると決まったわけでもない。今はこれが限界だろう。


 そこまで考えて、俺にもうひとつの方法が浮かんだ。だが迷う。彼女はこの方法を嫌がるかもしれないし、提案することすら彼女に嫌な思いをさせるかもしれない。問題は彼女がどこまで俺に気を許しているかだ。少し聞き方を工夫してみよう。


「あのさ、藤原が嫌じゃ無かったらなんだけど、もしもストーカーの被害が深刻になったら、その、位置情報の共有アプリとか俺と入れないかなって。状況が分かった方が俺も動きやすいから」


 早口になってしまった。彼女は一瞬きょとんとしてから考え込むようなそぶりを見せる。それからしばらくの間、彼女はそのまま何も言わなくなってしまった。やっぱり気持ち悪いと思われたか......だが、そんなに嫌がっているというよりはただ考えているだけのようだ。やがて彼女は口を開いた。


「うん、そうする」


「なんか、良いの調べとくわ」


「ありがとう」


 その話は一旦そこで終わる。電車はいつもの学校の最寄り駅へ着き、俺たちふたりはこれからの授業について他愛のない話をしながら塾へ向かった。彼女はいつものようにエナジードリンクを飲んで授業に臨む。

 何か、ずっと引っかかることがあったけれど、その時の俺には分からなかった。

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