第28話 夏休み

 夏休みが始まった。学校の授業はもちろんのこと、サッカー部も辞めたので部活すらない。たまにある塾以外、俺はずっと自由だった。


 適当に課題に手をつけつつ、俺は一日の大半をゲームや読書、映画などに費やした。ゲームはオンラインで藤原と一緒にする事も多い。


 だが違和感があった。夏休みが始まって二週間、ゲーム内での彼女の成長スピードがおかしい。俺はチャットで思い切って聞いてみた。


「課金してる?」


「ちょっと。」


 彼女はそう答えたが、やはりおかしい。『ちょっと』の基準が違うと言われればそれまでだが、少なくとも一万円は課金している。

 とはいえ、これから俺がやろうとしている事と比べればそんな事はどうでも良かった。


「ちょっと、LINEに移ろ」


「りょーかい」


 そしてすぐ、LINEの方で彼女から「なに?」ときた。俺は意を決してメッセージを送る。


「2人で遊園地行こう」


 すると、彼女が少し間を空けてからこう送ってきた。


「どこの遊園地? リンク送って」


「おけ」


 そんなに遠いところではない。映画を主題にしたテーマパークで、俺も小中とよく行っていた場所だ。俺は公式ホームページのリンクを藤原に送った。


「あ、ここ知ってる。でも行ったことない」


「俺案内出来るよ」


「なら行く」


 俺は部屋でひとり「よし!」と声を上げた。2人で予定を合わせようとしたが、さほど難しくなかった。塾では若干違うクラスの時もあるが、お互い部活もないので平日にいくらでも休みがある。


 俺が一方的にそうだと思っているデートは2日後に決まった。翌日に俺はGUの紙袋を持って塾の授業に出た。


 黒いスキニーパンツと、オーバーサイズの明るいグレーのTシャツ。店で悩みに悩んだ挙句一番シンプルなものにした。持っているネックレスを上からつければ見た目に寂しく無いだろう。


 授業が始まる20分くらい前、隣の席に藤原がやってきた。


「何その紙袋?」


「ジーユー行ってきた。家の近くにないから、学校の近くのあそこで」


「へ〜。グだと思ってた」


「ああ、俺も一時期そう思ってたよ」


「なんの店なの?」


「えっと、服屋だね」


 それからしばらくして、彼女はひらめいたように言った。


「明日着る服買ったの?」


「そうだよ」


「楽しみだね」


 夏休みに入ってから、彼女はよく笑うようになった。学校で毎日会っていた頃よりも、今の方が彼女の笑顔をよく見ることが出来る。


 ......だが、やはり塾帰りの夜には気分が落ち込むことが多かった。本人曰く、以前から夜は暗い気持ちになっていたそうだ。


「塾の後って、なんていうかホントに自分のダメさを実感させられるよね。......ああ私だけか」


「いやでも、小テストそんなに悪くなかったじゃん」


「勉強そのものがもう無理すぎる......。でも勉強しないと将来無いし」


「まぁ......でも進路よってはそんなに難しい勉強とかもさ。なんかなりたいのとか無いの?」


 彼女はしばらく下を向いていたが、空を見上げて言った。


「鳥になりたい」


「そっか......」


 俺はなんとも言えなくなって、彼女と同じように空を見上げた。とても都会と言えるような場所ではないが、空は町の光で少し白んでいて、俺たちは夏の大三角と、他の数えるほどしかない星だけを光として認識出来た。

 そんな中、彼女が小さく、だがはっきりと言う。


「ダチョウになりたい」


「ダチョウ!?」


 思ったよりも大きい声が出てしまった上に、ダチョウのチョウのところで声が裏返った。まさか空を見上げて鳥になりたいと言ったその後にダチョウになりたいと続ける人間がこの世にいるとは思っていなかったのだ。


「空を飛びたいわけじゃ、ないんだね」


「まぁでもエミューよりは翼大きいし」


「へぇ初耳」


 そこから、彼女のうんちくトークが始まった。ダチョウの生態についてだ。俺はやがてスマホを取り出し、明日の待ち合わせ場所への電車の時間を調べ始めた。朝は九時くらいに起きればちょうど良いくらいだ。スマホのアラームを抜かりなく設定し、彼女のうんちくに耳をかたむけながら電車に揺られた。


「それじゃ、また明日な」


「うん。ばいばーい」


 乗り換え駅で彼女と手を振ってから、俺は家に帰って紙袋の中身を取り出した。値札を取り、サイズの記されたシールを取る。それからカバンもネックレスも完璧に準備して、俺はベッドで眠りについた。

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