第29話 子猫のような
家から遊園地までは1時間ほど、電車の乗り換えは2回ある。彼女とはその1回目の乗り換え駅で待ち合わせだった。その駅までは、彼女の普段の行動範囲内なのだ。
家から最寄駅に到着した時、ちょうど待ち合わせまで40分強だった。あと数分で電車がやって来て、30分ほどで待ち合わせの駅まで連れて行ってくれる。その時、彼女からメッセージが届いた。
「今、待ち合わせ場所着いた。待ってるね」
そういえば、バレー部時代に彼女が言っていた。どこかに集合する時、行く途中でドジを踏むことを考慮して必ず一時間前に現地に到着するように行動していると。そして、時間になるまでは辺りを散歩したり、スマホをいじって過ごすのだそうだ。
「おっけー。俺はあと30分くらいで着く」
「りょーかい」
俺はそれを確認し、しばらくしてやってきた電車に乗り込んだ。平日だが、時間帯がぎりぎり通勤ラッシュの後だったので座席は
それから手持ち無沙汰になった俺は、特に意味もなくスマホでツイッターを開いた。ツイートは今までに一度もした事が無いが、ちょっとしたニュースを見たり地震の時に少し情報を頼る事があった。前に聞いた限りでは、藤原はアプリを入れていないらしい。
穏やかでないニュースが多かった。国内で言えば、隣人トラブルの殺人事件や高校生の覚醒剤所持、複数人による強盗事件まで起きていた。コロナの第9波が始まるとか始まらないとか、外国で言えばロシアのミサイルでウクライナの子どもが死亡した、など。
なぜデート前にそんな記事ばかり流れてくるのかと、俺はスマホをポケットに突っ込んだ。その時、同じ車両の中に一組のカップルを見つけた。どちらも高校生のようだがあまり派手でもなく、男の方はすらっとしていて、小柄なガールフレンドと何か楽しそうに話している。俺はそれを見て思わず微笑んだ。
それからあと数分で待ち合わせの駅だというところで、彼女に「もうすぐ着く」メッセージを送り、最後にまた髪を整えた。
電車を降りて改札を出ると、彼女がいた。黄色と緑のラガーシャツの裾をデニムのキュロットパンツにインしている。髪は触角のあるポニーテールで、俺はその様子を見て目を細めた。すると彼女がこちらに気付いて手を振った。ラガーシャツのゆったりとした半袖が彼女の細い腕に揺られる。いつになく明るい表情だ。
「おはよう!」
「おはよう、藤原。よし行こう」
「うん」
それから俺たちは、また電車に乗って現地に向かった。彼女はその間ずっと、まさに「わくてか」という言葉がぴったりな状態だった。座席についていても、ほんの一瞬たりとも体の止まっている時間が無い。
彼女の顔は常に俺の目には見えない飛び回る何かの方を向いているし、顔の向きを変える度に肩がひょこひょこと動いてポニーテールが揺れた。足も貧乏ゆすりはしないが、不定期にかかとを座席の下の部分に打ち付けている。
彼女曰く、遊園地に遊びに行くのは今日が初めてなのだそうだ。機会としては小学校と中学校の修学旅行があったそうだが、小学校時代は不登校、中学校の時はインフルエンザに罹ってどちらにも行けなかったそうだ。
「実は一昨日からコンサータ飲んでないの」
「えっ気づかなかった。でもそれって勝手に飲んでないんじゃないよな?」
彼女は一瞬固まったあと、小さく鼻歌を歌いながら電車の窓の外を眺める。心配だったが、俺はそのことを聞かなかったことにした。
また電車を乗り換え、ついにその遊園地の駅に着いた。少し歩けば、すぐにその大きな門が現れる。俺も来るのは久しぶりだったが、初めてそれを見た彼女は俺の方を見て目で「行こう!」と叫んで走り出した。だが五秒もしないうちに足を止め、一度ため息をついてから歩き出した。全く息は上がっていない。
「落ち着いて行こう」
「お、おう、そうだな」
疲れそうだったから走るのをやめたのか、流石に自分でも子供っぽすぎると感じたのか。なにしろ彼女はそこからさも落ち着いている風にゆっくりと歩く。
彼女と合流してからの30分ほど、まだ遊園地に入ってすらいないが、俺はすでにかなりの満足感を味わっていた。彼女の子猫のような動きはどれだけ見ていても飽きない。
そんなこんなてチケット売り場までやってきた時、料金表を見ていた彼女がこんな事を言い出した。
「あ、橋下待って。チケット安くできるスペシャルアイテムを持ってるから」
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