第26話 想い

「ごめん」

「橋下があんな風に思ってくれてると思わなかった」

「いつも迷惑ばかりかけてるから、きっと橋下も私のこと嫌いだと」

「誰かのことを友だちだと思うのが怖くて」

「本当にごめんなさい」


 朝起きて、寝ぼけ眼でそのメッセージを見た。メッセージのひとつひとつの言葉が俺の心をしめつける。彼女のことを救いたくて、それはもうある程度出来ていると思っていた。だがそれは全く違った。


 俺に嫌われているというのも、彼女の辛い経験の数々が彼女にそう思わせたに違いない。「友達だと思うのが怖い」だなんて。


 昨日俺にショックを与えたあの言葉も、彼女の不器用さとその時の沈んだ感情が生んだ妄言だ。なぜ気づけなかった? なぜあの時にもっと優しい言葉をかけてやれなかった? 誰よりも辛いのは彼女自身なのに。


 結局俺も、彼女の理解者と呼ぶには程遠い人間だった。


「俺も酷いこと言ってごめん」

「藤原のこと嫌いになんかならないから」

「また俺が怒ったりすることがあるかもしれないけど」

「昨日みたいにちょっと口をきかなくなったりしても、本当に嫌いになったりしない」

「俺はずっと藤原の味方でいたいと思ってるから」

「信じて欲しい」


 俺はどうしようもなく君のことが│


 そこで我にかえり、俺は指を止めた。だが、伝えてしまっても良いかと思った。そういえば中学の時のガールフレンドとは、俺のLINEでの告白から始まった。


 俺は続きを入力していったが、とんでもなく指が重い。全身の産毛が逆立つような強烈な感覚が俺を襲った。胸がぎゅっと締め付けられる。やがて、俺は耐えられなくなった。


 打ち終えたその文章を消すと、ふっと体が軽くなった。俺はため息を吐き、最後にひとつだけメッセージを送った。


「藤原は俺の大事な友達だよ」


 そうこうしている間にかなり時間が経っていて、俺は急いで着替えて髪を整えた。それだけでもう電車の時間はぎりぎりだったので、俺はカバンを持って家を飛び出した。単に学校の始業時間へ間に合うだけなら問題無いが、彼女と同じ電車に乗るのは無理になる。俺は電車に乗って、乗り換え駅までの間で彼女からの「ありがとう」という返信を確認した。


 ホームで待っていると、やがていつものように彼女がやってきた。だが、また目の下に酷いクマを作っている。


「おはよう、橋下。朝のLINE嬉しかった」


「昨日は寝られなかったのか」


「えっなんで?」


「......クマが」


 俺は自分の目の下を指さして言った。すると彼女はスマホを取り出し、その画面を自分に向けてそれを覗き込んだ。インカメで確認しているらしい。


「あ、ホントだ。昨日の夜に、ちょっと新しいドラマ見つけて観始めちゃったの。BBCのスパイもの」


「徹夜したのか?」


「あー、うん......」


 それを聞いて、俺は深いため息を吐いた。彼女はそれを気にも留めずにスマホでそのドラマのPVを俺に見せる。俺はたまらなくなって言った。


「コンサータで昼は眠れないんだろ? それが切れたらものすごい眠気が来るって」


 彼女はうつむいてそっぽを向いた。


「本気で体をぶっ壊したいのか? とても丈夫とは言えないだろうに」


「だって、おもしろくて」


 本当にひどい目つきをしていた。まぶたは半分くらいしか開いておらず、常に眉をひそめている。目の下のクマもまるで青アザのようで、右目は特にひどい。


「今日は塾無いけど、自習室行くのは無しだ。帰ってすぐに寝ろ」


「分かった」


 電車で座ると、彼女はいつもならゲームをするところだが今日はスマホを取り出しすらしない。眠いはずだが、眠ることもしない。まぶたを閉じていないが、開いているとも言えない状態だ。


「目を閉じろ。何も考えずに、体の力を抜いて。もたれて良いから」


 肩に、彼女の小さな頭の重みがかかる。少し下を向いていたので、髪で隠れて彼女が目を閉じているかは分からなかった。駅から学校までの間、俺たちは一言も喋らなかった。


 その日はまた極端に暑い日で、普段は不快だった水泳の授業が珍しく心地よく感じられた。だが、次の授業までの間に体をちゃんと拭くことは出来ない。中途半端に濡れた体に服を着るのはやっぱりいつものように気持ち悪かった。そんな中、教室に戻った俺に女子のひとりが話しかけてきた。たしか女子の授業はテニスだったはずだ。


「橋下くん、藤原さんが......」


「藤原がどうした」


 俺が強い口調で聞くと、その子は少しうろたえてから言った。


「多分、熱中症で保健室に。テニスコートで急に倒れたの」

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