第25話 社会不適合者の友達

「でも私は凡人以下だから」


「別にそんな事無いだろ。そりゃ確かに成績は悪いかもだけど、うちの高校に入った時点でそれなりの学力はある」


 そんなに凄い進学校でも無いが、地元の人に名前を出せば「頭良いんだね」と言われることは珍しくない。俺もそれなりに苦労して入学した。


「学力は受験か何かで短期間に猛勉強したら一時的に上がるけど、その後すぐに偏差値が40を下回るし猛勉強なんて二度としたくない。身体も小さくて運動出来ないし......何故か生まれる前から脳に欠陥がある」


 やはりその事を言うだろうとは思っていた。確かにそれも大変だろうが、彼女は少し、それを言い訳にしている節があった。


「それ、一概に悪い事だとも言えないだろ」


「なんで? 仮にも障害だし実際私は上手く行ってない」


「でも、発達障害とかは成功者にも多い」


 俺がそう言うと、彼女はあからさまなため息を吐いた。そんな事は聞き飽きたとでも言う感じだ。


「確かに、何かにずば抜けた才能を持って生まれる事が多いよ。でも皆んながそうじゃない、私みたいにね。シャーロック•ホームズは高機能社会不適合者だけど、私はただの社会不適合者だもん。イチローとかスティーブ•ジョブズまではいかなくても、社会でやっていけなかった発達障害者はどうなると思う? 引きこもりとかニートみたいな社会のゴミになるだけならまだマシだけど」


 彼女はそこまで言って少しためらった。


「......なんだよ?」


「犯罪者になるかも」


「まさか」


「どうかな。少なくとも私のお母さんはそう心配してる。私が嘘つきだから」


「嘘ってどんなの」


「いたずらして、それを聞かれて知らんぷり」


「そんなの子供だったらめずらしくも無いだろ。これからしないようにすれば良い」


 くだらない話だと思った。嘘くらい俺だってついた事はあるし、ついた事の無い人の方が少ないだろう。...だが、ひとつ気になったことがあった。彼女はアスペルガー症候群だが、その特徴のひとつとして嘘をつかないというものがあったはずだ。


「これからつかないようにしても、その素質は変わらない。何をどうやっても私の根本は社会不適合者で、上手くやろうと思ったら橋下みたいな普通の人に『化ける』ことしか出来ない。でも物凄く苦痛で疲れる。でもそれをしなかったら私は社会のゴミまっしぐらで、ずっと化けてたらおかしくなる」


「別に化けなくたって、藤原は社会のゴミなんかにならないよ。そんなに何もかもダメじゃない」


 俺はなんとか励まそうとしたが、彼女には通じなかった。さっきまでよりも随分と暗い声で彼女は反論する。


「ううん違う。私は何も出来ないし、自分勝手で他人のことを不快にさせてばかりだから皆に嫌われる。友達だって、ひとりもいない」


 小さく「ん?」と言ってから、俺は彼女がその言葉を訂正するのを待った。「橋下は別だよ」とか、「橋下を除いてはね」とか。だが彼女がそうする様子は無く、俺は混乱した。


「えっ友達がいない? ひとりも?」


「そうだよ、私に友達なんかいない。ただのひとりも!」


 彼女は震える声で、だが強く言った。その所為かは分からないが、俺の心は強くかき乱される。自分が彼女に友達だと思われていないなんて。まさかこんな時に「友達じゃなくて恋人だよ」みたいなジョークを言うわけもない。俺は恐る恐る彼女に聞いた。


「じゃあ、俺は? 藤原とよく一緒にいるけど」


「クラスのはみ出し者が一緒にいるだけでしょ」


 俺は絶句した。

 信じられなかった。耳を疑った。彼女は本当に俺を友達だと思っていなかった。それどころか、俺のことを「クラスのはみ出し者」だなんて。なんたって俺の事をそんな風に言えるんだ。


「放っておけば良かったのか、お前のことを」


「え?」


「見捨てれば良かったのか!?」


「待って、なんのこと」


 怒気をはらむ俺の声に彼女は怯える。俺は駅の改札を通り、ホームを早歩きをしながら後ろの彼女に言った。


「君が傷つくのが嫌だった。どれだけ君の自業自得でも、周りから君が虐げられるのが俺には辛かったんだ。だから味方になりたかった。せめて俺だけでも君の友達になれたらって、そう思ってたのに」


「待って、ごめん橋下聞いて」


 彼女が後ろから俺の半袖をつまんで引く。俺が振り返ると何か言いかけたが、俺はそれを遮った。


「悪いけど、今日はもう話す気分じゃない。別の車両に乗ってくれ」


 彼女に対して怒りを露わにしたことは何度かあったが、今度のは少し違って、心の奥にずっしりと来るような、重いショックを受けた。

 帰宅後に彼女から何通かのメッセージを受信したが、俺はスマホの通知を切ってそのままベッドに入った。

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