第23話 三者面談

 期末テストの後、つまり夏休み前に三者面談があった。午前授業の放課後に、母が学校にやってくる。俺の成績はさほど高い方では無かったが、決して低い点数というわけではなく、中間から期末にかけて成績の上がったことが高く評価された。また文化祭の時にクラスに協力的だったこともあり、充分に優等生と言えるそうだ。担任は続けて、こんなことを言い出した。


「クラスに少し孤立気味......というか変わった子がいるんですが、アクア君はいつもその子と仲良くしてくれていて、こちらとしても助かっています」


 名前は出さなかったが、当然ながら俺には誰の事か分かる。


「そんな子がいるんですか」


 確かに彼女は変わっていて孤立気味だが、俺が仲良くすると助かると言うのは、きっと俺がある程度彼女の奇行を抑制しているからだろう。俺に任せれば安心なのだろう。彼女に関して何の対応も施さず、見て見ぬふりをし、ただ面倒な生徒として扱っていた奴にそんな事を言われるのは癪に障る。


「えぇまぁ。サッカー部を辞めてしまったのは残念ですが、勉強に集中するということですし、実際に成績も上がりましたしね」


「それは本当に良かったと思ってます。ただひとつ心配が......」


「なんでしょう?」


「その、サッカー部を辞めてしまって、交友関係は大丈夫なのかなと」


 俺は思わず母の方を向き、すぎに戻す。今までそんな話は全くしなかった。なんだってここにきて突然そんなことを聞くのか、混乱した俺には理解出来なかった。担任は俺の引きつった顔をちらりと見てから言う。


「そう......ですね、特に問題があるようには」


「最近、息子が遊びに行ってないんです。以前はよくカラオケとか、ボウリングに行っていたのに」


 うちの家族はスマホでお互いの位置情報を共有出来るようにしていた。今までゲーセンに何時間いてもそれを咎められることは無かったし、何かで迎えを頼むような時には便利だったので、監視されてる不快感とかは全く無かった。だが、まさかこんなことになるとは。


「勉強に集中するようになったからだよ。だから遊びに行ってないんだ」


「本屋に図書館、こないだはカフェに行ってた。カラオケやボウリングに行くタイプの友達としょっちゅうそんなとこに行く? もしかして、その変な子と?」


 担任が俺と母の顔色を伺いながら口を開いた。


「まぁー、変な子っていう言い方はアレですが、確かに最近いつもその子といますね。ねぇアクア君?」


「いつもじゃ無いですよ、今でも野田とかと話したりしますし」


 俺は母からは見えないように、担任に突き刺すような視線を送った。


「あぁそうなんだ。じゃ、特に問題は無さそうですね」


「それなら良いんですが......」


「ええ、アクア君は人望もありますし、心配なんて要りませんよ」


 面談は各生徒15分ずつ、順番に行う。生徒によっては30分を超過することもあるそうだが、そういう生徒の後のコマは大抵空いており、他の生徒の面談の邪魔にならないようになっている。俺の次に面談を行うのは藤原だった。その後は1コマ空いてまた別の生徒だ。


 母と共に教室を出ると、藤原とその母親であろう女性がいた。彼女とはうってかわって、スラっと長身の女性だ。母が会釈すると、彼女の母もまたそうしたが、そこに笑顔は無く、ただ気だるげな目をしている。その目元だけが、何の気力もない時の彼女の面影を感じさせた。後ろに立っている紗菜は下を向いている。怯えているようだった。俺たちは目も合わせる事なく、彼女らは教室の中へ、俺と母は学校を出た。


「それじゃ、俺もう自習室行ってくるよ、友達が席取ってくれてるから」


 俺はそう嘘をついて母と別れた。塾の事務所に向かい、自習室に自分の席と、そのとなりに彼女の席を取った。今日も七時からのと八時半からの授業がある。俺は事務所を出て、自習室のある別館の階段を上がった。別館はマンションの二階と四階にあり、自習室は二階だ。俺はLINEで彼女に席の番号を伝え、イヤホンでSportifyを聞きながら勉強を始めた。


 十数分後に彼女から返事が来て、また十分ほど経つと、自習室に彼女がやってきた。椅子に座ると、何をするでもなく下を向いてボーっとする。しばらくして、その目が涙にきらっと光った。やっぱり、何か辛い事があったらしい。俺は彼女の肩を優しくたたいて外に行こうと指を動かしたが、彼女は首を振ってその場から動こうとしない。やがて、机に突っ伏してそのまま眠ったように動かなくなってしまった。

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