第22話 非情なる列車

 気が付けば、彼女が消えている。テーブル下のカゴには彼女のリュックはちゃんと入っていた。俺は体をねじって椅子の背もたれを持ち店内を見回す。するとすぐに彼女は見つかった。カウンターの前に立ってその奥をきょろきょろと見まわしていた。その度に彼女のポニーテールがフリフリと揺れる。


 店主さんがカウンターの奥のキッチンで調理するのをじーっと見ている。タマゴサンドを作っているのだろうか? 具材を混ぜているのか、コツコツというスプーンとボウルの当たるような音が聞こえる。


 やがて、彼女はカウンターの席に座ってしまった。彼女の身長だと立っているよりそこに座るほうがカウンターの奥が見えるのだろう。決して俺の向かいの席が嫌とかそういう訳では無いはず。......いや、俺と話すよりそっちを見ている方が楽しいということか。俺はリュックからラノベを取り出して読み始めた。


 しばらくすると、彼女が俺のいるテーブルに弾むように歩いてきて、俺の向かいに座った。


「出来たみたい~」


 彼女は両手を太ももの下に敷いて足をぶらぶらさせる。顔色も戻って元気そうだ。俺がラノベをリュックにしまっている間に、店主さんがお盆にコーヒーとサンドウィッチを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます...!!」


 ハムサンドはほんのり温かくて、全体的になめらかな舌触りだった。パンを少し蒸してあるのだろうか? 探偵アニメか何かでそんなのをやっていた気がする。一口噛んで飲み込むと、自然と笑みがこぼれる。タマゴサンドも美味しいようで、彼女も笑顔でもきゅもきゅ食べている。一時的に食欲も戻っているのかもしれない。


「美味しいね」


「うん。それに、良いお店だ」


 俺はアイスコーヒーにも手を伸ばす。ストローから冷たい感触が喉に流れ、あとからいい香りがする。苦みも全く嫌なものでは無い。俺たちはほんの少しの会話を交わしながら、コーヒーとサンドウィッチを平らげた。


「じゃ、出ようか。俺奢るよ」


「えっいいよ」


「いや、大丈夫。今なんか余裕あったから」


 俺はリュックから財布を取り出した。図書カードばかり使っていたので最近あまり中を見なかったが、たしか5千円札が一枚入っていたと思う。だが、俺は財布の中を見て首を傾げた。そんなものは無かったのだ。


「あー......ごめん気のせいだった。やっぱりそれぞれで」


「うん」


 先に財布を確認してて良かった。もし、いざ支払うときになってから「やっぱり奢れない」はいくらなんでもカッコ悪すぎる。今でも充分カッコ悪いけど。


 俺たちは店主さんに本屋のある駅への道を聞いてから店を出た。幸い、そこから駅までは真っすぐ進むだけでたどり着けるのだ。相変わらず暑かったが、カフェで涼んだ後だったのと今度は迷わずに済んだのとで、俺たちは無事に本屋にたどり着くことが出来た。そこから更に、俺たちは図書館に入った。すぐ近くだったのだ。


 それからどれくらいの時間が経っただろうか? いかんせん来た時の時刻を覚えていない。だが俺は図書館の中の時計が六時半を示しているのを見て、嫌なことを思い出した。すぐに藤原を探し出して、肩をトトトっと叩いて小声で言う。


「藤原、今日七時から塾だ!」


「あっ」


「早く向かおう」


 俺たちは急いで図書館から出て、走って駅の改札を通り抜けた。塾は学校のすぐ近くなので、電車で戻らねばならない。ホームに来ると、放送が快速急行が来るのを知らせた。だが、学校に向かうのと方面が違う。


 学校の最寄駅は単線だが、ひとつ隣のこの駅には二本の線路がある。俺はもしやと思って辺りを見回し、掲示板を見つけてホームを間違えた事を知った。


「だめだ、学校に戻るの、ホームここじゃない」


 俺がそう言っても、彼女からの返事がない。


「あれ、藤原?」


 また彼女が消えた。今度はどこへ行ったんだ? 俺はまた辺りを見回し、最悪の場所に彼女を見つけた。ドアの閉まった、逆方面の快速急行。学校の最寄には止まらないものだ。彼女はその中からドアに両手をついて俺を見つめるが、電車は非情にも発進した。


「あぁ、藤原......」


 スマホも無くて、彼女と連絡を取る事すら出来ない。彼女を連れ去った電車が次にどこに止まるのかも分からない。この路線にはまだ慣れて無いのだ。俺は先に塾に行って、そこで授業を受けながら彼女を待つほか無かった。

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