第13話 電車でのハプニング

 翌日の朝、いつもの駅に藤原は現れなかった。普段ならそこで俺と藤原は合流し、多くの他の生徒が乗る電車の2,3本前の電車で学校に向かう。俺はホームを歩き回り、辺りを見回した。この時間帯は人が少ない。藤原がいたならすぐに見つかるはずだ。


 にも関わらず、電車が来るまでホームを探し回ったが俺は彼女を見つけられなかった。仕方なく待合室の椅子に腰を下ろす。彼女が電車を一本逃したなら、次に駅に来るのは? 俺はアプリに彼女の最寄駅と今の駅を手早く入力し、検索にかける。もうほんの5分後だ。


 ゲームのデイリークエストをこなしている間に、駅の別のホームに彼女が乗ってくるであろう電車がやって来た。俺は遠目にその電車の中を凝視し、そこに彼女の姿を認めた。俺は待合室から出て、ホームのいつもの場所に並ぶ。そして数分後。


「あ、橋下おはよう」


「ん...? あぁ、藤原おはよう! そっちも遅れたのか」


「うん、寝坊しちゃって。奇遇だね」


「だな。 というか、具合は大丈夫なのか?昨日は早退しちゃったろ」


「今日は大丈夫みたい。 昨日は朝からしんどかったから」


「だったら、言えよな」


「まぁ良いじゃん、今無事なんだし。 にしても、一本遅いだけでもうこんなに混むんだね」


 いつも俺たちが乗る時はに、列は10人にも満たないくらいの人数しかいないが、今はその3倍近くも並んでいて俺たちはほぼ最後尾だった。やはり中高生が多い。


「座れないかも」


「俺たち運動部だろ? なんて事ないだろ」


「そっか」


 もう運動部ではないのになぜ否定しないのか、俺には分からなかった。なぜ素知らぬ顔をして適当に話を流すのか。バレー部を辞めたことを俺が知っている、その事実を彼女が知らなかったとしても、「あ、もうバレー部は辞めたよ」と言うのくらいは簡単なはずだ。


 俺はもやもやしながら、やってきた電車に彼女と一緒に乗る。彼女の予想通り、俺たちは人で埋まった座席の前に立つことになった。


「みてみて、つり革届くよ」


 彼女は踵を少し浮かして、腕をピンと伸ばしてつり革に指をかけている。あいにく俺たちの近くに低いつり革は無く、扉からも遠かった。


「うん、届いてはいるな」


 俺がそう言ってスマホゲームを始める。彼女は数秒間はそのままの姿勢でキラキラしたドヤ顔を見せていたが、やがて飽きたのかつり革をはなし、同じスマホゲームを開いて俺のルームに加入申請をしてきた。


 俺たちはそのまま二人でゲームをやり始める。俺は片手で操作してもう片方でつり革を持っていたが、彼女は両手でスマホを持っていた。


「ん〜、橋下遅い」


「つり革持ってて片手だからな。お前も掴まってないと今に転けるぞ」


「届かないし...」


 そう言った時、電車が大きく揺れた。彼女はよろけて俺にぶつかってから、後ろに転けそうになる。俺はスマホを持っていた方の手を彼女の背中から肩に回して抱え込み、つり革を強く引いて体勢を立て直した。手を回した勢いでスマホが吹っ飛んで床に激突する。その揺れには他の乗客もかなり驚いたようで、「うおっ」とか「わっ」とかいう声が聞こえてきた。


「びっくりしたーっ。ありがとう」


「い、言わんこっちゃない......」


「こんなに揺れることあるんだね」


 彼女はそう言って床に落ちた俺のスマホを拾う。


「あ、割れてる」


「え、嘘だろ!?」


「カバーしてないんだね。iPhoneならいっぱい種類あるのに」


 手渡されたスマホを見ると、画面に右上の角から2、3本のヒビが入っている。思ったよりは少ない。きっとスマホカバーを付けていれば割れなかったのだろう。


「腕を掴んでも......良い?」


 そんな風に聞かれて、断ることなんて出来ない。彼女がそのことを理解してやっているのか、そうでないのかは分からない。俺はスマホをポケットにしまい、無言で自分の肘を彼女の方に近づけた。すると彼女はそこに自分の腕を上から通し、そのまま脇に挟む。...そう来るとは思わなかった。


 前に座っていた他の高校の男子の、その眉間のしわが先ほどからどんどん深くなっていっている。そいつに対して悪いなと思いつつ、こんな事をしてたらまた変な噂が加速するんだろうなと思いつつ、俺は昂る幸福感を抑えるのに必死だった。


 このまま時間が止まってしまえば良いのに、だなんて本気で思ったのは、人生でこれが最初で最後だった。

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