第14話 招待カード

「今度の土曜、駅前のカラオケで勉強会な!」


「行けたら行く」


 数週間ぶりの野田とのチャットは、それだけだった。『いつめん』グループはとうの昔に抜けていたので、野田が気を使ってくれたのだろう。グループを抜けたら全員がそれを知れるシステム、なんとかならないだろうか。


 それはそうと、俺はその通知によって期末テストが近づいている事に気付かされた。


「はぁ、憂鬱だ」


「どしたの?」


「テストだよ。もう一ヶ月もない」


「ああ、テストね〜。 私は自信ある」


「はえーすっごい」


「なんたって、今の私はコンサータ藤原だから」


「称号みたいにするなよ」


「えへへ」


 部活にはもう行っていないから、勉強する時間はいくらでもあった。なんたって毎日2時間ほど浮いている。その時間に何をしていたかと言うと......。俺は本屋によく立ち寄るようになっていた。きっかけは、藤原だ。


 その本屋は、毎朝彼女と待ち合わせをする駅に隣接する小さなしょぼくれたショッピングモールのようなものの中にあった。駅がひとつの鉄道の終点になっているからか、他にも服屋やいくつかの飲食店、謎の福祉施設、薬局、スーパーにこれまた小さなゲーセンまである。


 学校帰りに彼女に連れられて行くようになってから、やがて俺はひとりの時もここに足を運ぶようになっていた。......でも、いつまでもこんな調子じゃダメなのは分かっていた。


 俺はその日の夜、仕事にくたびれて帰って来た母に塾に行きたいと伝えた。同時に、サッカー部を辞めるという事も。


「そっか。 中学の時からサッカー部頑張ってたしね。お父さんに塾のこと相談しとくわ。大丈夫だろうけど。また週末にいろいろ決めよっか」


 スパイクシューズもボロボロになっていたので、タイミングもちょうど良かった。ここ最近ずっとサボっていた事は喋らなかったが、母は聞いてくる様子も無かった。 そして翌日。


「私、塾に入れられる事になったんだ」


「えっどこの塾?」


 駅から学校への道で、彼女はその塾を指差した。


「すぐそこじゃん。 実は俺も塾入ろうと思ってて、まだ場所は決めてなかったんだ」


「そうなの? じゃあこれ!」


 彼女は歩道のど真ん中で突然立ち止まり、リュックを下ろした。後ろを歩いていたサラリーマンは避けようとしたが、予想外のことに反応が遅れて彼女に少しぶつかってしまい、あからさまに舌打ちをした。


「すみません....」


「道のわきでやろう」


 俺は彼女のリュックを運び、その後彼女がその中をガサゴソ引っ掻き回すの見ていた。そうして十数分後、彼女は胸ポケットから財布を取り出し、その中を調べた。


「あった!」


「招待カード......?」


「そう。 ここに私と橋下の名前を書いて、橋下が入塾する時に提出したらふたりに図書カードを一枚ずつ貰えるの。5,000円のが」


「え、ふたりに5,000円ずつ?」


「そうだよ。ふたりで10,000円使える」


「すげぇや。 その塾行けるよう親に言うよ」


「やったぁ! 先に私の名前書いとこ」


「ストップ藤原」


 彼女は筆箱を持った手を止め、俺の顔を見上げて小首を傾げた。写真撮りたい。俺はその姿を海馬に完全に焼き付けてから言った。


「とりあえず、学校行こう。遅刻すれすれだ」


 それを聞くと彼女は筆箱を花壇のレンガに置き、ポケットからスマホを出して時間を見た。小さく「わっ!」っと言ってから慌てたように財布をリュックの中に突っ込んだ。さっきまで胸ポケットに入っていたのに。そしてリュックに片腕だけ通して歩きながらファスナーを閉める。そして俺が花壇の筆箱と地面の招待カードを拾っていると彼女は振り返りながら言った。


「何やってるの早くしないと遅刻だよ!」


 後ろ向きに歩いている彼女の足元に向かって筆箱を投げつければ良い感じにすっ転ぶんじゃないかと思っていたところ、彼女は前を向こうとして自分で足をもつれさせた。いかにも「ビターン」という擬態語の似つかわしい転び方をしたが、彼女はすっくと立ち上がってまた走り出し、俺も後を追いかけてなんとか遅刻は回避した。


 それから俺はなんの問題もなく彼女と同じ塾に入り、図書カードを手に入れた。そして何より、俺は夏休み中に彼女と会う機会を確保出来たのだった。

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