第12話 決意
担任が藤原の荷物を持って行った後──三限の後の休憩時間。俺はすぐにLINEで藤原とのトークルームを開いた。
「大丈夫か?」
大丈夫ではない事くらい分かっている。言葉の違和感に襲われるが、俺はLINEで送信を取り消すのは嫌いだった。
「無理するなよ」
それだけ送ると、俺はスマホを鞄の中に放り込む。その後の4限の授業は内容が全く頭に入ってこなかった。昼休み、俺は机の上にお弁当箱を出した。、ふだん藤原は昼食を文芸部の部室で食べている。俺は以前こそサッカー部の連中と集まって食べていたが、最近はずっと自分の席で独りだった。
『食事も喉を通らない』という言い回しがあるが、俺の場合は箸を持つことすら出来ないようだった。弁当箱の蓋を開けたは良いものの、箸に手が伸びない。
その時、俺の机に別の弁当箱が置かれた。顔を上げると、机の前に野田が立っている。
「よ、邪魔するぜ」
野田は前の席の椅子を引き、逆向きに座って俺の机で弁当を食べ始めた。やがて、俺も箸を持って弁当を食べ始める。俺はおそるおそる聞いた。野田と喋るのは久しぶりだ。
「野田、サッカー部のやつらと食べないのか?」
「そりゃこっちのセリフだぜ、部活だってサボりやがってよ」
「ああ、ごめん」
しばらく沈黙が続いた。決して大きくない机で、ふたりで弁当を向かい合って食べている。距離は近いはずなのに。かつては近かったのに。野田がため息をついてから話し始めた。
「お前は優しいけど、藤原には入れ込みすぎだぜ」
「いや...別に」
「戻って来いよ。寺坂も周りも、もう別にそんな気にしてないぞ。お前の噂は出回ったけど、寺坂が盛ってるんだろうなって考え方してるやつも多いし、寺坂もそれは分かってる。そんな気にする事じゃないって。藤原に入れ込んで、このまま孤立するつもりか?」
「藤原は......俺が守ってやらなきゃダメなんだよ」
野田はそれを聞くと、時間が止まったように少し固まった。口のすぐ前まで持ってきていた卵焼きを弁当箱に戻し、眉をひそめて俺の目を探るように見る。
「あいつはお前の事なんて何とも思っちゃいねぇぞ。都合の良いように使われてるだけだろ。アレ忘れたから貸してだの次の教科教えてだの」
俺は言い返せず、沈黙した。
「あいつが自分からお前に何かしてくれたことあるのか?確かにあいつは可哀そうだとは思うけど、悪いのはあいつ自身だよ。虐められる方に原因があるっていうあれだよ」
「お前に藤原の何が分かるってんだよ」
「関わるべき人間じゃねぇのは分かるよ。問題起こしまくってバレー部も辞めたみたいだし、成績もあれだからな。退学もそう遠くねぇと思うぜ」
俺は首をかしげた。バレー部を辞めた? そんな話、本人から聞いたことが無い。正体の分からない強い不快感が俺を襲った。
「......なんでお前がそんな事知ってるんだよ」
「あ?ただの噂だよ。お前知らなかったのか」
野田が弁当を食べ終わった。
『お前知らなかったのか』
その言葉が俺の頭の中に何度も響く。その時、野田のスマホが鳴った。野田は電話に出て何やら話した後、手早く弁当箱を片付ける。
「ちょっと呼ばれたから行くわ。相談したいこととかあったら、俺いつでも聞くからな」
野田はそう言ってたったかと教室から出て行ってしまった。俺はいつものように、自分の机に独りになった。
藤原は俺の事なんてなんとも思ってない、都合の良いように使われているだけ。 野田はそう言った。
はたから見ればそういう風に映るのだろうか? 何より彼女は人とは変わっている。彼女の意図はいつだって他人には理解しづらい。野田なんか特にそうだ。
虐められる方に原因があるとか言っていたな。一体何を言っているんだろうか?彼女を虐めてるのは池淵をはじめとしたクズどもだろうが。俺はもちろん、野田だってわざわざ彼女を虐めにいったりしない。彼女を虐める必要なんて、どこにも無いのだから。
彼女はこれからも何度も傷つく危険にさらされる。今日だってそうだった。
ともすれば君は、ふと消えてしまうかもしれない。
あんなにも儚い少女が、これ以上理不尽に傷つけられるのは俺にはとても耐えられる気がしなかった。俺は、改めて彼女を守る決意を固めた。
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