第11話 明らかな異変
次の月曜日、俺はいつものように藤原と登校していた。彼女はラプラスの悪魔について熱弁してくれているが、俺は別のことが気になって仕方ない。前に聞いた彼女の話では、今日からコンサータを服用する予定だったはずだ。だが、俺が怒鳴った時から彼女は決してその話をしようとしない。
「でも、やっぱり私変だと思うんだよね。まぁ量子学が分からないから仕方な....んっ」
「どうした?」
藤原が急に黙った。眉間にしわを寄せて目を細めるが、どこを見ているわけでもない。そして数秒すると、フッと息を吐いた。
「いや、なんでもない。それでね、」
彼女の話は続いた。だが、その声は少しずつ小さくなっていく。顔色も少し悪かった。学校に着いてからは全く喋らなくなってしまった。そして授業がはじまり、俺は確信した。やっぱりコンサータを飲んでいる。1限は世界史で、彼女なら絶対に開始早々寝るはずだ。
最初こそ、彼女は机に突っ伏した。しかし一分も経たぬ間に顔を上げ、少しボーっとした後にノートを開き、板書をしはじめた。彼女のシャープペンシルが然るべき使い方をされている。そしてそれが50分間持続した。
休憩時間にはスマホで漫画を読んでいた。そして2限目の数Ⅰが始まった時にも、彼女はただ教員の話を聞き配られた演習問題をすらすらと解く。しかし授業が始まって30分が経ったあたりから、彼女に異変が現れ始めた。ほんの少し息が荒い。俺は小声で話しかけた。
「おい、どうしたんだよ」
「いや...別に」
彼女はそう言うとまた問題を解き始める。自由演習の時間で、教え合いや私語で教室はガヤガヤとしていた。少しして彼女は机に額を下ろした。ちょうどその時、教員が俺たちの近くを通りかかる。
「あれぇ、最初は割と真面目だったのに藤原さん」
迷ったが、俺は言った。
「ちょっとしんどそうなんです」
「まぁ、いつもと変わらないね。橋下くん分からないところとか無い?」
お前の神経が分からない。
俺が無視していると、そいつは別の手を上げた生徒のところへ歩いて行った。時間が経つにつれ藤原の息が荒くなっていく。俺は席から立ち上がって教員に言った。
「すみません、ちょっと藤原さんを保健室に連れて行ってきます」
「はぁ....はい。分かりました」
「藤原いくぞ」
彼女は無言で頷き、よろよろと立ち上がる。その場で手を撮りたかったが、俺は周りの目を気にした。猫背になって歩く藤原を先導して教室から出て扉を閉める。俺は彼女の手を握り、その高熱に驚いた。階段をゆっくりと降りる2人の足音が響く中、俺は小声で聞いた。
「すごい熱じゃないか、他に症状は!?」
「息が、出来ない......!」
彼女はそう言うと、踊り場に座り込んだ。俺は彼女の前にしゃがみ狼狽える。それから彼女の背中に手をまわし、持ち上げるようにして彼女を立たせた。セーラー服越しにも蒸れた熱気が腕に伝わってくる。俺はそのまま彼女の体を支えて保健室に向かった。
「無理...死んじゃう」
「もうちょっとだ、がんばれ」
そうして何とか保健室までたどり着いた。俺は彼女を支えたまま扉をノックし、中に入る。「あらあら」と中の先生が駆け寄ってきてくれた。俺は先生と協力して彼女をソファに座らせる。
「連れてきてくれてありがとう。もうあんまり時間ないけど、授業の方に」
「分かりました。お願いします」
「ええ。ありがとう」
俺は保健室を出る前に一度、ちらりと藤原の方を見た。体を横に向けて、その小さな背中を丸めてソファの肘掛けに突っ伏している。俺はそのまま教室に戻り決して穏やかではない心情で授業を受けた。そして次の三限の途中に、突然担任が教室に入ってくる。担任は俺の席の隣にやってきて、彼女の荷物をまとめて教室から出て行ってしまった。
その後に俺が彼女に送ったLINEは、翌日まで既読がつかなかった。
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