第9話 混乱

 二日間の代休を経て水曜日、俺たちはまたいつもの教室へ登校する。しかし、今日は授業ではなく大掃除だ。俺はいつものように藤原とふたりで登校し、まだ誰もいない教室に入った。席に荷物を置いて授業準備が落ち着いたところで、俺は急に話を切り出した。


「なぁ藤原...。お前、バレー部で何かされてるんじゃないか?」


「何もされてない」


 それまで楽しそうに話していた藤原が無表情になり、抑揚のない声でそう言った。更に俺から目を逸らす。彼女はあらかじめ用意していた嘘はまことしやかに騙ってみせるが、咄嗟に繕うのは苦手らしかった。


「むしろ、私が皆んなに迷惑かけてる。嫌われるのは仕方ないし、慣れてる」


「何かされたら毅然と振る舞うんじゃなかったのかよ」


「だから、何もされてないって」


 彼女は自分の弱っているところを極端に見せようとしない。自慢話はしても失敗談は絶対に話さず、文化祭準備でもポスターの絵が少しでも失敗すれば1秒と経たぬ間に丸めてゴミ箱に捨ててしまった。


「もし教員連中に相談したりなんかしたら、私絶対に許さないから」


「なんでだよ?」


「したくなったら自分でする。だから橋下は関わらないで」


 ...流石に気分が悪かった。俺は藤原の前の席から立ち、自分の席に戻った。やがて時計の針が8時をまわり、ぽつぽつと他のクラスメイトが教室に入ってくる。


 隣の席に野田がやってきた。野田は荷物を置くなり、スマホのゲーム画面を俺に見せてきた。


「デュオ、いこうぜ」


「おう」


 ふたりでゲームを始めて数分後、野田が言った。


「お前マジに寺坂フったの?」


「は?」


 それを聞いたとたん、俺の指は止まった。訳が分からない。


「ちょ、お前ヤラれるって......オイ!」


 画面に《全滅》表示が出ると、野田はため息をついてスマホを机に置いた。俺は野田の目を睨みつける。


「なんでお前がそれを知ってるんだよ」


「風の噂だなぁ」


「...どこまで広まってる」


「分からねぇけど、少なくともサッカー部には」


 言い方は変だが、寺坂の名誉のために俺はだまっていたのに、まさか彼女自身が自分から言いふらすとは。俺は落胆した。


「お前は誰から聞いたんだよ」


「今学校に来る時に、サッカー部で連んでるところで聞いた。俺が話に入った時にはもうその話題だったよ。」


「どんな話になってた?」


「こっぴどくフられたらしい、ってさ。まぁ、俺は詮索しねぇし、お前もあんま気にすんなよ」


 最悪な始まり方をしたその日の放課後、寺坂は部活に顔を出さなかった。更衣室では、俺が来るなりその話題になる。


「寺坂フるってお前マジで〜??」

「いや普通にもったいねぇ」

「え、ガチで藤原が好きなの」


 こんなに無神経なやつしか居なかったのかと、俺は失望に近いものを覚えた。更にマネージャー達は、なんだか俺を避けているようだった。水休憩の時に俺に水を持ってきてくれる人がいない。野田は水を飲んだあと、自分のボトルを俺に差し出してくれた。


「ほいよ」


「...ありがとう」


 野田に手渡したボトルが俺から返されることについては、マネージャー達は何も言わなかった。


『ふぅ、ありがとう』

『がんばって!』


 そんな寺坂とのやりとりは気分が良かった。彼女は美人だったし、彼女のかけてくれる言葉に俺はキツい練習を頑張るモチベを貰っていた。


 ...もし彼女の告白を受け入れて恋人同士になっていたら。たぶん今と同じようにすぐに周りに知れ渡るだろうが、こんな事にはならなかった。少なくとも多くの人が祝福してくれただろう。おそらく藤原も含めて。


 部活終わり、俺は皆んなと一緒に帰る気にはならなかった。鍵の当番じゃないのを良いことに、皆んなが着替え始める前には俺はもう帰り支度を済ませ、靴を履いていた。


「あれ、早くね?」


「ああ、今日はちょっとな」


「おつかれー」


 更衣室から出て通用門へあるき出した時、俺は水場でボトルを洗っているマネージャーに呼び止められた。


「えーはしもっち帰んの早くない? ......あそうだ、寺坂ちゃんが来ないせいで作業が大変なんだよね。 ちょっと手伝ってよ」


 そんなに攻撃的な口調でもなかった。...が、俺はもう一刻も早くその場から離れたかった。俺は彼女の言葉には何も返さず、そのまま校門に向かって歩く。


「え、無視?」

「調子乗ってるわアイツ」

「普段『俺は優しい人間だよー』みたいな空気出してるくせにね」

「本性表したな、ありゃ」


 こんな扱いをされるのは初めてだった。俺はわけも分からず、ただ早足で学校から逃げ出した。

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