〈火薬庫の女〉5

 豪奢な屋敷が聳える門の前で、黒のジャケットを羽織ったコワフュールは、中を軽く確認しながら小振りなアタッシュケースを受け取った。

 フィリアを引き渡すことで今回の依頼は達成だった。


 門前の灯りが、三人を照らしている。

 コワフュールとフィリアと、そして、依頼主であるフィリアの父親。


 フィリアは解放されるとすぐに父親の胸の中に飛びついた。

 父親は明るい髪の短髪で、品のよさそうなダークグリーンのスーツを皺なく着こなしているが、娘の涙や洟が付着することは気にも留めてない様子だった。

 この歳の娘がいる親にしては随分と若い。

 まだ四十に届いていないように見える。


 フィリアは、今は首飾りをしていない。

 クラウンから借りた道具で金具を分解してみると、その中からは小さな袋が現れた。

 それに、物置の中でコワフュールは「娘を救出してほしい」と、父親から依頼があったと述べていた。

「……」

 フィリアは父親にしがみついて、離れようとしない。

 顔を彼の胸に擦りつけるようにして泣き、父親も目を細めて娘を受け止め、彼女の髪を撫でている。

 

 ようやく泣き止んだのか、フィリアが自分を父親のもとまで送り届けたコワフュールとクラウンを見送るために、振り返ろうとした時——

 ぐっと、ドレスの後ろ襟を掴まれた。


「フィリアちゃん、じゃま」

 突然、コワフュールがフィリアを押し退け、突き飛ばした。

 手を着いて顔を上げると、父親の腹にはコワフュールの右肘が入れられ、彼の背中が、門に叩きつけられていた。

「があっ——」

 そして、どこに隠していたかゴツいピストルを一挺、男性の口の中へ勢いよく突っ込んだ。

 前歯が欠けた音がする。

 ぐりぐりと捻るようにして銃身を奥へと押し込んでいく。

「がっ——」

 男性は口を大きく開き、喉まで届いた銃口のせいで、息ができなくなっている。

「人を殺すための火薬はさ、迂闊に触れると爆ぜるよ」


 重い銃声が、更けた夜の空に響く。

 乾いた空気が、揺れる。


 ざあっ——

 フィリアの目の前で、飛沫が上がった。

 黒い液体が溢れていく。


 貧弱な灯りに照らされているのは、自分を嵌めようとした男性から救ってくれた父親と——

 知らない女。

 ふたりが、血に塗れている。


 そして、黒く染まった、私。

 着せられたワインレッドのドレスに、

 何時間も掛けて施された巻髪に、

 大人を装うための化粧がされた幼い顔には、赤く、黒い血がべっとりと、付着している。


 フィリアは、今度こそ、悲鳴を上げた。

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