〈火薬庫の女〉4
クラウンは、コワフュールを待っている。
運転席を倒し、足をフロントに掛けながら、窓の景色を眺めていた。
パーティーの行われている最中、車の外は夜であり、窓からは屋敷を囲む木々だけが、かろうじて見える程度である。
クラウンは黒のワイシャツに袖を通し、ジャケットやパンツも同じような暗い色のものを着用している。
髪型は、耳上までを刈り上げ、前髪を上げるように整えられているスタイリング剤には光沢感がある。
垂れ目ぎみの目元が特徴の、コワフュールとは別のベクトルで端正な顔立ちをした男だった。
アームレストに肘を載せて、口元を黒のグローブを着用した手で弄っている。
車の外からは、風で木々が揺れ、梢が擦れ合う音が聞こえる。
当然だが、車内のライトは灯っていない。
と、
「反応がふたつ」
窓の外を眺めたまま、小さく呟いた時、右後ろの扉が開けられた。
「おまたせ」
と、コワフュールが顔を覗かせた。
「彼女も?」
「ああ、お前と同じ〈探知〉だよ。おかげで簡単だった」
そう言いながら、これまた流れるように左腕を動かして、フィリアを車の右後部座席に座らせる。
コワフュールは音を立てずにドアを閉め、助手席に乗り込んだ。
「出すぞ」
「ああ」
クラウンがアクセルを踏み、クラッチペダルを上げていくと、ゆっくりとした速度で、静かに車が動き出した。
シフトレバーを動かすと、ガタンと、車内が揺れる。
「くそへた」
「お前だけ置いて行こうか」
ふふん、と、鼻唄を唄いながら、コワフュールは窓の外を眺めている。
窓を開けて、煙草を取り出した。
車は速度を出すことなく、木々の間の道を走っている。
いつの間にか煙草には、火が点いていた。
「お前は?」
コワフュールは掌の上に顔を載せ、窓の外から目を離さずに、訊いた。
「俺はまだ吸わねぇよ。かわいいお客様がいるだろ」
「商品、の方が正しいんじゃない?」
乗車してから一言も発することなかったフィリアが、ゾッと、背筋を凍らせた。
ルームミラーからその様子を見たクラウンが、はぁ、とため息を漏らし、前を向いたまま口を開く。
「お前、手出してねぇだろうな」
「もちろん」
「嘘つけよ……」
しばらく車が進んでいく。
コワフュールは煙草を咥えたまま、鼻唄を唄い、外を眺めている。
二本目の半分ほどがなくなっていた。
車はまだ木々の間から抜け出せていない。
飽きもせず、ずっと、外を眺めている。
と、
突然、あ、あのっ、と、裏返った声が後ろから聞こえ、クラウンがルームミラーを一瞥した。
コワフュールは、気にも留めようとせず、外を眺めたままだった。
「……可哀想だけど、父親のところに帰れるよ」
フィリアが続きを話そうとする前に、クラウンがフロントガラスの先から目を離さずに、言った。
可哀想、と、クラウンはそう、言った。
パーティーから無理やり連れ出したことを申し訳ないと思っているのだろうか。
それとも、前に座る女のせいで倒れた、彼のことだろうか。
フィリアがそのように考えていると、
「ね、その大きな首飾り」
口からふーっと煙を吐いてから、コワフュールが言った。
「……」
首を傾げながら、フィリアは自分の胸にある白金色の宝石が埋め込まれた首飾りを手に取って、見つめる。
一緒にパーティー会場へ行った彼から貰ったペンダント。
付き合いは短いけど、先ほど血を流していた、彼から貰ったもの。
今は外部からの光を受けず、輝いていない。
「金具と金具の間にさ、白い粉、隠れてるよ」
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