〈火薬庫の女〉3

 涙で目が腫れたフィリアを、コワフュールが抱き寄せるようにして歩いていく。

 コワフュールに対する恐怖心は、張っていた糸が切れたように限界を超えてしまい、されるがまま、ただ彼女の肩に身を寄せている。

 その様子を見たコワフュールは、肩に回していた左手で、そっと彼女の頭を優しく撫でた。

 フィリアは、そういった自身を包むコワフュールの仕草に、少しの心地よさを覚えていた。

 今度も慣れた足取りで、会場の出口の向けて足を進めている。

 と、出口の扉が見えた時、ふたりの背に向かって、声が掛かった。

 コワフュールが振り向くと、そこには、先ほど会場で出会ったフィリアの連れの男性がいた。

 どういうつもりだ、とでも言いたげに、ずかずかと近づいてくるが、コワフュールは呆れたような目で、その男性を眺めている。

 その態度にさらに苛立ったのか、男性がコワフュールの肩を掴もうとした——


 ——が、

 男性が、倒れた。

 ぞぶっ、と、骨が砕け、何か硬いものが肉に食い込むような音がし、背中から倒れて、仰向けになった。

 彼の胸から、血が流れている。

 じわじわと広がっていく。

 廊下の赤い絨毯に、彼の血が吸われていく。


 フィリアは、悲鳴を上げようとしたが、すでに彼女の口にはコワフュールの左手が入れられ、親指で舌を押さえつけられていた。

 コワフュールの右手——親指の先端と人差し指の第一関節——からは、うっすらと煙が上がっていた。

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