第5話 衝撃

 僕が教室に入り、ぐったりと自分の机にうつ伏せていると、前の席の橋本さんが、机をコツコツ、とたたいてきた。


 今はちょっと1人にしてしいのに。と思いながら、僕は顔を上げる。


あおいくん、さっきの見たよ。耶永やえちゃんと仲良くなったんだね」


「別に仲良くはないけど。ただ話しかけられただけ」


「でも、手をいでなかった?」


「違うよ、ちょっと引っ張られただけだから」


「ふーん、そうなんだ。碧くんも仲良くすればいいのに。でもまぁ、仲良くなっても、ピンクのブレスレットは着けられないか。あはは」


「え……? 何?」


「私たちが耶永ちゃんから貰った、このブレスレットのことだよ。可愛いけど、男の子がピンクのブレスレットを着けてたら、揶揄からかわれるかも知れないでしょ?」


 僕は耳をうたがった——。僕にはどう見ても、赤と紫のブレスレットにしか見えない。しかし橋本さんは腕を見せながら、ピンクのブレスレットだと言っている。

 

 理解が追いつかなくて、言葉が出てこない。ただ、心の奥底では、そうだよな。と思っている自分もいた。


 中学生の女の子たちが、黒みがかった血のような赤と、毒々しい濃い紫のブレスレットを、可愛いと喜ぶだろうか。いくらセンスのない僕でも、それくらいのことは分かる。


 どうやら、赤と紫が視えているのは、僕だけのようだ。


 


 学校が終わって家に帰っても、ブレスレットの事が頭から離れない。

 

 何となく1人で居たくなくて、犬小屋の前に座り込んだ。ハスキー犬のナナが小屋から出てきて、僕の顔をペロペロと舐める。いつもなら手でガードをするか避けるが、そんなことも忘れて呆然としていた。


「何してるんだ、お前は」


 横から覗き込んできた祖父が、怪訝そうな顔をしている。


「んー? 別に……」

「そろそろ飯だろ。中に入れ」

「うん……」


 我が家には、霊的な事に関しては話してはいけない、という暗黙あんもくのルールがある。もちろん祖父とも、そういった話はしない。

 

 それでも、不安の方が大きくなり過ぎて、我慢ができなくなってしまった。


「ねぇ。じいちゃんは、他の人と違う色が視えた事はある?」


 祖父は、僕をじろりとにらんだ後、ため息をついた。


「昔、人形のかんざしの色が違っていた事はあるさ。店の人は赤だと言っていたが、ワシには黒にしか視えなかった。あれは、誰かが呪いをかけた物だ。……お前、余計なことにはかかわるなよ?」


「向こうから、寄ってくる場合だってあるんだよ」


「その時は何を言われても、何をされても、知らぬ存ぜぬで通せ。世の中には、人の皮を被った化け物がいるんだ。目ぇつけられたら厄介やっかいだぞ」


「……」


 ——ごめん、じいちゃん。もう遅いかも……。


 心の中で呟いた。どう考えても耶永は、僕に霊感がある事に、もう気付いている。誤魔化すのは難しいだろう、ということも分かっている。


 ——どうしたらいいんだろう……。


 その時、ハッとした。


 ——ん? じいちゃんは今、呪いって言った? 誰かが呪いをかけたって言った?


 僕は勝手に、ブレスレットにタチの悪い霊が憑いていて、そのせいで災いが起きたのだと思っていた。

 

 我が家の人形達の中にも、いつの間にか人ならざるものが入っているので、そんな感じだと思い込んでいたのだ。


 ——そうだよな、僕の家だけが特殊とくしゅなわけじゃない。


 他にも人ならざるものと関係が深い家があって、もしかすると、災いをばらくような力がある人だって、いるかも知れない。


 ——しかも、訓練くんれんを受けているような人達がいたら……?

 

 考え出すとキリがない。けれど、女生徒達がおかしくなってるのは間違いなく、あのブレスレットのせいだと思った。


 耶永は、呪いをかける力があると思った方がいい。


 何の力もない僕は、どうしたらいいのだろうか。ただ、幸いにも僕には、強い守護霊が憑いている。夢の中でお守り様と呼んでいた、日の出の光みたいに強い光だ。おそらく、あのブレスレットからも守ってくれていた。


 僕は守護霊に『お願いだから守ってよ』と、心の中でつぶやいた。

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