第4話 始まり

 耶永と顔を合わせたくなかった僕は、なるべく友人達と一緒に行動することにした。


 隣のクラスの前を通る時は、友人達のかげに隠れるようにして移動する。目が合うと近づいて来そうな気がしたので、耶永の気配を感じる方には顔を向けないようにした。


 耶永は、僕以外の生徒達にはとても好かれていて、彼女の周りには、いつも人だかりができている。そのほとんどは女生徒だった。




 耶永が転校してきて1ヶ月が過ぎたある日。女生徒が激しく言い争う声が、廊下に響き渡った。


 ——喧嘩か……?


 友人達と様子を見に行くと、揉めているのは耶永の取り巻きの女生徒達だった。聞くに耐えない暴言を吐きあっている。まるでヤンキー映画を観ているようだ。


 いつもは金魚のフンみたいに、耶永の後ろをついて歩いているだけなのに、何があったのだろうか。

 

 耶永の姿を探すと、彼女は少し離れた場所に立っていた。喧嘩をしているのは自分の取り巻きなのに、他人事ひとごとのようにました顔をしている。興味がないのだろうか。


 ——何を考えているんだろう。


 見ていると、本当につまらない、と言いたげな表情にも見えてきた。


 すると、僕の視線に気付いたのか、耶永がこちらへ顔を向けた。


 ———うわ、まずい! 


 僕は踵を返して歩き出した。早足で歩き、教室の中へ足を踏み入れる。その時——冷たいものが、手にれた。


 思わず身体が、びくん、と跳ねて動けなくなった。ものすごく嫌な予感がする。僕の手に触れているのは、細い指だ。


 おそるおそる振り返ると、耶永と視線がぶつかった。真っ黒な大きな瞳が、僕を見つめている。


「え? どういう事?」

「何で手を繋いでるの?」

「なになに? 御門くんと耶永ちゃんて、付き合ってるの?」


 見ていた同じクラスの生徒達ははやし立てる。彼らには僕が冷や汗をかいているのが、見えないのだろうか。


「……何?」


 僕が小さな声で問いかけると耶永は、ふっ、と馬鹿ばかにしたような笑みを浮かべて答えた。


「ねぇ——視えてるよね?」


 全身が、さぁっ、と冷えて行くのを感じた。寒いはずなのに、汗が背筋を滑り落ちていく。


 ——どうやって誤魔化そうか……。


 ちら、と周りにいた生徒達を見ると皆、不思議そうな顔をしている。


 ——気付いてないみたいだ。それなら……。


「何が? 離してくれる?」


 精一杯、強がって返した。


「私は御門くんと、仲良くなりたいの」


「なんで? ……勘違かんちがいされるから、離してくれる?」


「別にいいじゃない。友達になってくれるなら、離してあげる」


 もし今、手をにぎっているのが耶永でなければ、喜ぶ所なのかも知れない。でも僕は、耶永の笑みを浮かべた顔が、怖くて仕方がなかった。


「なんで僕なんだよ。いつも女子といるんだから、女子に声をかけたらいいだろ」


「ふふっ。御門くんは特別だから。友達になってくれるなら、これをあげる」


 耶永はポケットからブレスレットを取り出して、僕の腕に近付ける。


「うわっ!」


 前に受けた激しい痛みが脳裏によみがえり、反射的に耶永の手を思いっ切りり払った。


 心臓は早鐘はやがねを打ち出し、呼吸が浅く、早くなる。


 そんな僕を見た耶永は、何も言わずに両手で顔をかくし、自分の教室に戻っていった。


 ぎわに、手で隠しきれなかった口元が、歯を見せて笑っているのが見えた———

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