第3話 不吉

 ある日、廊下で友人達と話をしていると、急に後ろから、突き刺すような視線しせんを感じた。


 学校の中には、普通の目には見えないもの達がたくさんうろついているので、よくある事ではあるが、気付いた瞬間から目が開けづらい程ズキズキ痛むなんて珍しい。


 よほど力を持った悪霊でもいなければ、そんな状態にはならない。


 急に気配がしだしたので、何事かと思い振り返ると、そこにいたのは悪霊ではなく、転校生の神子澤耶永みこざわやえだった。


「えっ……?」


 僕はてっきり、人ならざるものだと思っていたので、受け止めきれずに混乱した。


 しかし何度確認しても、嫌な気配は耶永から感じる。耶永はずっと僕の目を見ているのだから、おそらく間違いではない。


 すると、彼女の隣にいた、付き人みたいな女生徒が、揶揄からかうような目つきで僕を見た。


「ちょっと御門くん、耶永ちゃんの事見すぎだよ。気になるの?」


 ———何を言っているんだ、こいつは。と思った。


 でもそんな事は決して言えない。僕は目立ちたくない。


「いや、見慣れない人がいるな、と思っただけ」


 と静かに返した。我ながら機転の効いた返答だ。


 勉強は苦手だが、霊感があるのをずっと隠しているので、誤魔化ごまかすのだけは得意だ。


 ただ僕は、声をかけてきた女生徒とは一度も喋った事がなく、なぜ急に話しかけられたのかと、少し引っかかった。


 すると今度は、聞いてもいないのに、ブレスレットを見せながら説明を始めた。


「耶永ちゃんはねぇ、アクセサリー作るの上手なんだよ」


 もう一度言うが、僕は彼女とは、一度も喋った事はない。


「へぇ、そうなんだ……」


 一応相槌は打ったが、何だか気持ちが悪くて、1歩後ろへ下がった。


 彼女は笑っているが、まるで笑顔の能面のうめんり付いているようだ。


「これねぇ、組紐くみひもっていって、手で編むんだよ」


 赤と紫のブレスレットは、耶永が自分の手で編んだ物らしく、親友と呼べる人達に配っているらしい。


 転校してきて、まだたいして経っていないのに、もうそんなに仲が良い人が出来たのかと、驚いた。ずっとこの町に住んでいる僕でさえ、親友と呼べる人間は片手で足りる程しかいない。


 ブレスレットの素晴らしさを、延々と説明してくれている女生徒は必死だが、どれだけ力説されても、僕には何がそんなに良いのか、全く理解ができなかった。


 ———だって、たかが紐じゃないか。しかも、全然可愛くない。


 話を聞いている内に段々と、通販番組でも見ている様な気分になってきたので、適当に話を切って立ち去ろうとした。先程の悪意がこもった視線の件も、自分の中でまだ整理ができていなかったからだ。


 すると、ずっと喋り続けていた女生徒が、自分の腕からブレスレットを外し出した。すごく、嫌な予感がする。


「これ、長さが調節できるブレスレットだから、着けてあげるよ」


 彼女は笑顔で、僕に手を伸ばした。

 

「えっ……?」


 ———いや、本当にいらない! 


 そう思ったが、こちらが言葉を発する間も無く、女生徒に腕をつかまれた。


 そして、ブレスレットが腕に触れた瞬間———


 バシッと大きな音がして、まるで彫刻刀で深く刺されたような、耐えがたい痛みが走った。


 腕からは一瞬煙が上がったように見え、声が出ない程の強い痛みに驚いて、思わず飛び退いた。


 廊下に尻餅しりもちをついて腕を押さえても、ドクドクと脈打つような痛みは治まらない。

 

 ———なんだ? これ……。


 胸が激しくざわついて、全身の毛が逆立っていた。


 身体が後ろに引っ張られる感じがしているのは、守護霊しゅごれいが離れろとでも言っているのだろうか?


 腕を押さえながら考えを巡らせていると、耶永が僕を見ているのに気が付いた。


 彼女はなんの感情も出さずに、僕の目を見つめている。


 笑っていない目の奥が光を放っているようで、その目は我が家の呪われた人形達と同じ目だった。言葉を発していなくても、目の奥の揺れる光が、———獲物えものを見つけた。と喜んでいるようだった。


 目が合った瞬間から、冷や汗が止まらない。


 ———やっぱりあの人も、ブレスレットも、普通じゃない。


 なんとなく引っかかっていた点が、確信かくしんに変わった瞬間だった。


 我が家の人形達には、物の怪達が取り憑いている。耶永とブレスレットも、もしかしたら、何かに取り憑かれているのかも知れない。僕が気になってしまうのは、きっとその所為せいだ。


 そして、周りにいた友人達が僕を立ち上がらせると、耶永は取り巻きの女生徒達に声をかけて、自分の教室へ入っていった。


 彼女の姿が見えなくなって、ブレスレットが当たった腕を見ると、まだ少し震えている。あれ程の痛みを感じたのだから、仕方がないのかも知れない。


「なんかさっき、すごい音したな」

静電気せいでんきか?」


 友人達が驚いた顔で、僕を見た。どうやら友人達にも、音は聞こえていたようだ。


「うん、すごい静電気だったよ……」


 そういう事に出来るのなら、ありがたい。説明を求められても、僕は何も話せない。


 ———赤くなった場所に、ふーっと息を吹きかけると、かすかに甘いお香のような香りがした。

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