第40話 コレクション
「……やっぱり言えなかった……」
レンのコレクション部屋へと案内されながら、サトは肩を落とした。
「……気にするな……お前は頑張った」
三人で卓を囲み、会話した先程のシーンを思い出しながらレンは言った。
『私は……たい……レンさんの部下なんです!』
意を決して懸命に叫んだサトの台詞にも、レンの母はにこにこと笑顔を見せ続けていた。
『えぇ、レンから聞いているわ。すごいわ……女性なのに騎馬隊所属なんて』
レンの母の返しにサトは焦りの表情を浮かべた。
『あ、あの……』
『だって、騎馬隊って男性ばかりでしょう? うちは主人も騎馬隊だったから、よく知ってるのよ』
『……あ、はい……』
『かっこいいわ……素敵よね……さすがアマガイ先生のお孫さんね』
『……はい……』
こうして、話はどんどん擬装結婚から遠ざかっていったのだった。
「隊長……後は頼むな……」
サトはレンの背に向かって懇願した。
「うん……ほら、この部屋だ」
レンは立ち止まり、部屋の扉を開けると部屋の灯りのスイッチを入れた。
「うわ……なんだここ……」
レンのコレクション部屋に足を踏み入れたサトは目を丸くした。
そこにはいくつもの背の高い本棚が置かれ、まるで図書室の一角のようだった。
「ほんとだ……あの漫画全巻揃ってる……あっ、この漫画知らないやつだ! ……すごいな……」
サトは感嘆のため息を吐きながら本棚を眺めて歩く。
「あの時、お前は俺にコレクションを見せてくれたから、俺もお前にコレクションを見せる」
レンは笑みを浮かべて、嬉しそうに本を眺めるサトに言った。
『じゃーん、見ろ!』
大木の根本にあるくぼみと、数冊の漫画雑誌。それを笑顔で広げる、眼鏡をかけていなかった頃のサトの笑顔。
それらが色鮮やかにレンの脳裏に蘇る。
「え? 私が? ……ごめん、全然覚えてない」
「……いいんだ、覚えてなくても……」
レンは手前の棚に置かれた本を見つめながら呟く。
サトは奥の方の棚まで行きつき、更に奥にある棚に気がついた。
「ん? なんだこれ?」
サトは隠すように置かれた棚を覗く。
「まあ、隊長も若い男だからな……って……あれ、このタイトル知ってるやつだ……」
サトは狭い隙間に侵入しようとするが、その肩を不意に掴まれた。
「おい……」
「……なに?」
サトが振り返ると、そこには焦りの表情を浮かべるレンがいた。
「……見たのか……もしかして」
言うレンの声音は、いつもより数段低い。
「……あれ? もしかして見られたくなかった? ……もう見ちゃったけど」
あっけらかんと言うサトに、レンは深いため息を吐いた。
「なんだよ、大げさだな……単なる少女漫画じゃんか」
「……変だろ、男がそんなのを読むなんて」
レンは暗い眼差しでサトを見つめ、唸るように呟いた。
「……なるほどね……」
サトは、レンがなぜ隠すようにそれらの本を置いていたのか納得した。
「女が青年男性向け漫画読んでるんだから、男が少女漫画読んでてもおかしくないだろ」
「……お前はそう思うのかもしれないが……」
レンは再び天貝剣術道場に通っていた頃を思い出す。
『続きが読みたかったら、来たい時にここに来て、勝手に読んでいいからな』
当時のサトにそう言われ、レンは何度か漫画の続きを読みに行っていた。そして、たまたま居合わせた他の道場生に言われたのだ。
『男のくせに女が読む漫画なんか読むのかよ』
そう言ったのは、一つ年上の男子だった。
もしサトがそう言われていたら、即座に反論していただろう。だが、レンにはそれができなかった。
少女漫画を好きな男はオカシイ。
それは一瞬でレンの意識に深く刻まれた。
「……その割に、これだけの本よく集めたな……しかもけっこう古いタイトルだぞ」
「……馴染みの古書店で買ってるんだ。いつ行ってもあまり混んでないから」
「もしかして、隊長が女ものの服選ぶのが上手いのって……」
サトはハッとした。
「……そうだ。ここにあるタイトルの中に、ファッションをメインに描かれた作品があってな……イラスト集も持ってる」
レンは諦めたようにため息混じりに説明する。
「へぇ……すごいな……なあ、少女漫画のどこに魅力を感じるんだ?」
「……ロマンある恋愛の駆け引き」
「……なるほど!」
サトは一瞬黙り込んだ後、クスクスと笑った。
「……なんで笑うんだ」
レンは少し顔を赤らめ、憮然とする。
「あ、ごめん……いや、こないだの水族館で聞いた隊長の言葉を思い出してさ……いったいどうしたらこんな言葉を思いつくのか不思議だったんだけど……ていうか、基本隊長はロマンチストなんだな」
「……悪いか……」
「いいや……いいじゃん……だって、好きなんだろ? 今度買いにくい漫画があったら、代わりに買ってやるから言えよ」
レンは驚いたような顔でサトを見た。
「……安心しろ、誰にも言わないでおくからさ」
サトはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「……うん……ありがとう……」
呟くレンの胸の内の暗がりの一つが、少しずつ綻び始める。
その感覚に戸惑いながらも、軽くなっていくなにかを感じてレンは安堵したように息を吐いた。
「そろそろ行こうぜ……お母さん待ってるだろ」
そう言って歩き始めたサトの背を、レンは眩しそうに目を細めて見つめていたのだった。
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