第37話 プレゼント交換
水族館の出口を抜けると、そこには広い土産売り場が広がっている。
土産店のラインナップは、大中小様々な生き物のぬいぐるみから箱詰めにされたお菓子、ステーショナリーグッズやアクセサリーなど様々だ。
「このぬいぐるみ、かわいいなぁ」
サトはキャンディケインに似た形の、オレンジの地に白の縞模様の入ったぬいぐるみを手に呟いた。
「……それ、さっき砂からヒョロヒョロ顔だしてた魚だな」
レンが色違いのぬいぐるみを眺めながら言う。
「あっ、あれかあ……あの魚、面白かったなぁ……あ、この小さいのチカにあげよう」
サトは微笑を浮かべて小さなイルカのぬいぐるみを手にとってかごに入れた。
そして、すぐ近くに陳列された大きなペンギンのぬいぐるみに視線を止めた。
「ここにもペンギンのぬいぐるみがある……動物園にもあったよな……隊長、覚えてる?」
サトは隣のレンを見ながら問う。
「あぁ、覚えてるよ」
レンは動物園の土産コーナーを思い出しながら頷いた。
「私あの時、ハシビロコウのぬいぐるみを買ったんだよな……小さいやつだけど」
サトはいたずらっ子のようにニヤリとした笑みを浮かべる。
「ハシビロコウ、隊長に似てたからついな……部屋に置いてあるんだけど、見る度に笑えるんだ」
サトの笑顔にレンはピクリと片方の眉尻を動かした。
「……お前、そんなもの買ってたのか……いったいハシビロコウと俺のどこが似てるって言うんだ?」
「ビシッとした雰囲気が似てるんだ……別に悪くないだろ、それはさ」
サトは、レンからの問に言い張るように答える。
「……そうか、じゃあそれは褒め言葉として受け取っておくよ」
レンは微妙な表情のまま、小さく息を吐いた。
「そうそう、褒め言葉褒め言葉……あ、私ばあちゃんとじいちゃんにお揃いの湯呑茶碗を買いたいから向こう見てくるな」
「わかった、じゃあ俺は職場用にお菓子を見てくる」
「うん」
サトは頷きながら食器コーナーに向けて歩き始める。
「職場用かあ……さすがに隊長ともなると、周りへの気遣いが必要なんだな……」
ふと、サトの脳裏にシノ物流で働く人々の顔が浮かんだ。
「私もシノ物流の人達に買っていこうかなぁ……ちょくちょくお菓子もらってるし……」
サトはペアの湯呑み茶碗を棚から選び、丁寧にかごに入れると箱詰めにされた菓子が山積みされているコーナーに向かった。
「へぇ、随分買うんだな隊長……五箱も買うんだ」
サトはレンが手にした買い物かごを眺めながら、レンの横に立った。
そこには大きい箱が三箱、中くらいの箱が二個入っている。
「事務方と各騎馬隊に差し入れるからな」
「なるほどねぇ……私はシノ物流のおばちゃん達用に大きいのを一つ買おう……あ、このクッキーいろんな魚のプリントがされててかわいいからこれにしようかな」
サトは呟きながら大きな箱を一つ手に取り、かごに入れた。
「……シノ物流にか」
「うん、シノ物流のおばちゃん達がさ、よく飴や一口チョコレートをくれたりするんだ。そのお返しだよ」
サトは笑顔でレンに説明する。
「そうか……仲がいいんだな」
レンは微笑を浮かべてサトを見た。
「うん、シノ物流での勤務はもう九年になるからな」
二人は次のコーナーに向かって歩き始める。
「九年か……ということは、入社してから一度も守衛先が変わってないんだな」
ステーショナリーコーナーを通り過ぎ、レンはアクセサリーが並んでいるコーナーで足を止めた。
「そうなんだよ。皆優しくしてくれてさ……」
言うサトの耳にレンは棚に並ぶイヤリングを当てる。
「……なにしてんの?」
「……なにって……イヤリングを選んでる……やはり白がいいな」
レンは先に手にした物を戻し、白を選んで再びサトの耳に当てた。
「うん、やっぱり白がいい……これにしよう」
「えっ……」
サトはレンがかごに入れた小さなイヤリングを見た。
「クラゲ……」
それは白いクラゲが耳元でゆらゆらと揺れるデザインのものだった。
「……これが一番かわいいと思うけど、他のデザインの方がいいか?」
「そんなことより! いいよ、アクセサリーなんて!」
サトは頬を微かに染めて小声で叫び、俯いた。
「アクセサリーは嫌いなのか? 似合うと思うけどな、これ」
レンは微かに眉根を寄せてかごに入れたクラゲのイヤリングを見た。
「き、嫌いっていうか……普段、そんなオシャレなんかしないから……もったいないだろ……使わないのに」
サトはボソボソと言う。
「……金属アレルギーがあるとか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「……じゃあ、今日の記念品ってことにすればいいさ」
レンは微かに笑って歩き始めた。
「えっ……あ……」
記念品か……とぼんやり考えるサトの目に、陳列されているチカからもらったサメの歯のキーホルダーが映る。
それを一つかごに入れ、サトはレンの後ろ姿を追ったのだった。
「白はどんな色にも合うから、幅広く使えると思うぞ……もちろん、無理に使うことはない……使いたくなったら、つけてくれればいいから」
停留所で路面電車を待つ間に、レンは大きなビニール袋からイヤリングが入った小さなケースを取り出してサトに手渡した。
「あ、ありがとう……」
サトは少し気まずそうにおずおずと受け取る。
そしてそれをショルダーバッグにしまい込むと、自分の持つ袋から小さな紙包を取り出してレンに差し出した。
「……これ……イヤリングのお返し……」
「お返し?」
レンは包を開け、中身を手のひらに出した。
「……これは……キーホルダー?」
「うん、サメの歯のキーホルダー……実は、私も同じもの持ってるんだ」
サトはポケットからチカにもらったものを取り出し、ショルダーバッグにつけた。
「私のは、この間チカからもらったものなんだけど」
「チカ? 友達か?」
「そっ。あの社内でたった一人の、私の友達。事務方のさ、オサダさんって知ってる?」
サトから言われ、レンは少し考え込んだ。
「あぁ、思い出した……確か、かわいい感じの人だ」
「そうそう……私さ、あの子とお昼ごはん一緒に食べててさ……まあ、色々と相談に乗ったりしてもらってるんだよね……まあ、それも……」
サトはふと夜空に浮かぶ月を見上げた。
「あと半年位で終わるんだけどさ……」
「ん? なぜだ?」
レンは真顔でサトを見る。
「内緒だけど……結婚する予定なんだ、チカは」
「……なるほど……寿退社というやつか……」
レンは小さく息を吐き、サトと同じように月を見上げた。
「そっ。めでたいの。めでたいんだけどさ……寂しくてね、やっぱり……」
サトは丸い月を見つめる瞳を細める。
レンは手にしたサメのキーホルダーを元のように包に戻し、それをポケットに入れた。
「ありがとう。お前と同じものを持てるのはなんだか嬉しい」
「……あ、そうだ……サメの歯ってさ、お守りの意味もあるらしいよ。悪い気を噛み切るとかなんとか……っていうかさ、あのでっかいサメ……ほんとおっかない顔してたよな」
サトは水槽の中で悠々と泳ぐ数匹の大型のサメを思い出し、苦笑いを浮かべてレンを見た。
「……そうか? あのサメ、なんか堂々としていて俺はかっこいいって思ったけどな」
レンは微笑を浮かべてサトを見た。
「え? あのおっかないサメを、かっこいいって思うんだ……まあ、確かに泳ぐ姿はすっごく堂々としてたけど」
「……楽しかったな、水族館」
やってきた路面電車に視線を向けながらレンは言った。
「うん……」
ガタン、と音を立てて電車が二人の前に停まる。
頷いて黙り込んだサトを振り返り、レンは笑った。
「……なんだよ」
サトは微かに眉根を寄せて電車に乗り込むレンを見る。
「……いや……言ったらお前のプレッシャーになるだろうから、言わない……俺は返事を待ってる身だからな」
『答えが、いつ出せるかわからないけど……それでもいいなら、待って欲しい』
サトは水族館での自分の言葉を思い出した。
路面電車の車窓の景色が、ゆっくりと流れ始める。
今は暗闇と化している海原を、サトは黙ったまま見つめ続けたのだった。
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