第35話 待つ

「……なんか、色々観てたらお腹空いてきた」

 サトははしゃぎ疲れた子供のようにぐったりしていた。

「もう二時か……何か食べよう」

 そんなサトの姿に苦笑しながら、レンは腕時計を見る。

 二人が今いる場所は、一つの観覧コーナーが途切れた場所だ。

 そこには、小さな子供達の遊ぶスペースとカフェがあった。

 晴れた日には窓際の席から広い海原が見渡せる、さほど広くはないカフェだ。

 サトはパンフレットとカフェの店頭に掲示されているメニューとを、交互に見ている。

「さっき、なぜパンフレットを見てたんだ?」

 運良く窓際の席に座り、店員に注文を伝えた後でレンはサトに訊ねた。

「イルカとアシカのショーの時間をチェックしてたんだ。最終回が十六時からだから、今食べても十分間に合うぞ」

 サトはソワソワしながら答えた。

「あぁ、ショーのことを気にしてたのか……この水族館の目玉の一つだから、ちゃんと見ないとな」

 レンはテーブルの上にパンフレットを広げ、微笑を浮かべながら言った。

 そこにはジャンプして宙づり状態のボールにタッチしているイルカの写真が掲載されている。

「イルカもアシカも可愛いよなぁ……ショーってどんなことするのかなあ……なあ、こういったショー観たことある?」

 パンフレットの写真に視線を落としながら、サトは聞いた。

 大きな海水プールと広い観覧席を備えた、この水族館の目玉でもあるシアターだ。

「この水族館でじゃないけど、あるぞ。アシカだけのショーだけどな。ボールを使った芸を観たような気がする」

「そうなんだ……私も小さい頃に観た記憶がある。賢いよな、あの子達……」

 サトは微笑を浮かべながらパンフレットを手に取り、館内の見取り図のページを開いた。

「順路でいくとこの後はペンギンとアザラシが観られるんだな……ペンギン、動物園でも観たなあ……覚えてる?」

「あぁ、覚えてるよ」

 レンは笑って頷いた。

「……ハシビロコウ、隊長に似てたよな」

 サトは動物園で観た、動かない鳥ハシビロコウを脳裏に描き、くすくすと笑った。

「……あの鳥と俺の、どこが似てるんだ」

 レンは憮然とする。

「どこってそりゃあ、無を感じさせる表情が似てるんだよ……私は、嫌いじゃないけどね……いいじゃん、かっこいいよハシビロコウ」

 にこりと笑ってサトが言ったところに、カフェの店員が二人の注文した品を運んでくる。

「お待たせしました。ハンバーガープレートとドリンクのセットです」

 若い女性店員は笑みを浮かべて会釈をし、テーブルから去っていく。

「ハシビロコウと隊長があまりに似てて面白いから、ツボに入ってぬいぐるみ買ったんだ、あの時」

 サトは皿のハンバーガーに手を伸ばす。

「……お前、そんなもの買ってたのか」

 レンも、ハンバーガーを手にしながら呆れたような視線をサトに向ける。

「いいじゃん、別に。それ見るたびに、笑えてくるんだから」

「……ハシビロコウじゃなくて、俺を見て笑えばいいじゃないか」

 サトはレンが口にした提案に目を丸くした。

「……隊長のどこに、笑う要素があると?」

「要素?」

「だって、なにも楽しくないのに笑えないだろ?」

 サトはキョトンとする。

「……楽しむことは、これから見つけるさ」

 レンは柔らかな笑みを浮かべ、サトを見る。

 不意にサトの胸がざわりと震えた。

 サトはそれを打ち消そうと、慌ててぎこちない笑みを浮かべる。

「……これからって言うけどさ……擬装デートは、今日で最後だろ?」

「……次からは本当のデートをすればいい」

 カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。

 真顔で空になった白い皿に視線を移し、サトは浅い呼吸を繰り返す。

「……それは……少しだけ……考えさせてくれないか」

 ぽつりとサトは言った。

「……考えてくれるのか」

 レンは目を細めて目を伏せているサトを見つめる。

「……答えが、いつ出せるかわからないけど……それでもいいなら、待って欲しい」

「……わかった……待つよ、約束する」

「……ごめん……」

 サトは深いため息を吐いた。

 不思議な安堵感がサトの胸の内に広がっていく。

「……ショー、楽しみだな」

 静かなレンの声音に、サトは黙ったまま頷いたのだった。

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