第34話 ハイスピード

「……あのでっかいサメの顔……おっかなかったなぁ……ハンマーみたいな頭したサメは面白かったし、小さいサイズのサメは可愛かった……同じサメなのにこうも印象が違うもんなんだな」

 サトはしみじみと隣のレンに話かけた。

 二人の目の前では、小さくて色鮮やな魚が沢山泳いでいる。

「きれいな青……今日私が着てる服の色と同じ色だ」

 サトは瑠璃色が名の頭についている魚を見つめながら言った。

「うん……魚もそのニットもキレイな色だ。さすが俺が選んだだけある」

 レンは泳ぎ回る魚とサトのトップスとを交互に見た後、微かな笑みを浮かべる。

「……それ、自分で言う? だいたい、上手に女ものの服選べるの、なんでなの? 女ものの服、好きなの?」

 怪訝そうな表情で、サトは問う。

「……色やデザインは、男ものより女ものの方がバリエーションがあって面白いじゃないか。俺はファッションに興味があるんだ」

 レンは一瞬体を強張らせつつも、“ファッション”の部分を強調して答えた。

「へぇ……じゃあファッション雑誌とか読んでるの?」

「雑誌は読んでいない……歩いてると自然に目に入るんだよ」

 レンは水槽から視線を外し、歩き始める。

「ふぅん、自然にねぇ……興味があるとそうなるもんなんだねぇ……私ゃさっぱりだけど」

 小さくため息を吐きながら、サトは言う。

「……そうは言うが、今日は少し色を足してるじゃないか……色つきのリップクリームだけど、なにも塗っていないより華やかになっていいと思うぞ」

「あ、気づいてたんだ……さすが隊長、よくぞお見通しで」

 レンとサトは次の水槽の前で足を止めた。

 そこには全身にフリルを纏ったような縞模様の魚がいる。

「……随分とおしゃれな魚だなあ……あ、でもヒレに毒があるんだって」

 魚の名称の横に書かれた説明書きを読み、サトは言った。

「美しい花には棘がある、っていうもんな……隊長も気をつけろよ」

 フリルをひらひらさせながら泳ぐ魚を見つめながら、サトは言った。

「……それはどういう意味だ……」

 その隣のレンは、眉根を寄せてサトを見る。

「いや……なんとなく言ってみたかっただけ。隊長はイケメンのハイスペ男子だからさ」

 ムッとした表情を浮かべるレンに、サトはにこりと微笑んで見せた。

「あのな、俺は一途なんだ……一時の誘惑になんか駆られるか」

「ふぅん、そうなんだ……あ、次の水槽になんだか面白いのがいるぞ!」

 サトはパッと表情を輝かせ、足早に隣の水槽に向かった。

 その背を見やり、レンは思わずため息を漏らす。

「ほら見て! すっごいスピードで背びれ動かしてる……なになに……すごい! 一秒間に約三十六回も動かしてるんだって!」

 サトは直立体勢で泳ぐユニークな姿の魚に目を輝かせた。

「お前の、人の大事な話をスルーするスピードも大したもんだと思うけどな……他人の話、ちゃんと聞けよ」

「うん、わかってるって……あっ、なんか砂からひょろ長いものが出てる! なんだこれ!」

 サトのはしゃぐ姿に、レンは諦めたように再びため息を吐いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る