第31話 謝罪

 サトは、待ち合わせ場所の公園に約束の時間の十分前に到着した。

 腕時計は、時刻九時五十分を示している。

 今日も空は晴れ渡り、柔らかく爽やかな風が少し吹いている。

 週末の時間を共に楽しむ複数の家族連れやカップルがいるのは、初めての擬装デートの日と同じだった。

 サトは足早に噴水に面したベンチに向かう。

 遠目からでもわかる、スタイルの良さ。

「……おはよう……隊長……」

 サトはベンチに腰掛けて本を読んでいるレンの前に立った。

「……来たのか……」

 レンは手にしていた文庫本から視線を上げ、眩しそうにサトを見た。

「俺が選んだ服……着てくれたんだな」

 微かに笑ってレンは言った。

「服に罪はないからな」

 サトは無表情のままレンを見る。

「……罪か……悪かったよ……この間は」

 レンはため息を吐いて真顔になり、サトの瞳をじっと見つめた。

「俺はただ話を聞いてもらいたくて、お前に会いに行ったのに……いかんな、まだまだ忍耐力が足りないようだ」

「忍耐力?」

 サトは少し怒ったように言い、レンとの間に一人分の隙間をあけて同じベンチに座った。

「……お前にあんなことを言うのは、まだ早かった……念のために言っておくが、あれは俺の本心だ」

 レンは目の前の噴水を見つめながら言う。

「……それは、わかってる……わかってるけど……私にだって、気持ちってもんがある」

「うん……だから、ごめん」

 素直に謝罪を口にするレンに、サトはため息を吐いた。

「……だめだなぁ……私は……ほんとに甘ちゃんで……」

 サトは頭を抱えた。

「絶対に許さんって、思ってたのに……」

「うん……ごめん」

「……隊長だからか……普段目上の人間から謝られたりするから、こう簡単に許そうって気になるんだ、きっと!」

 サトはハッとして叫んだ。

「……そういうもんなのか?」

 レンはサトが導き出した答えに眉根を寄せた。

「あと! お前は私より歳下ってのもある! くそう、うまくやりやがって……!」

「……それ、関係あるのか?」

 レンは理解できない、といった視線をサトに向ける。

「お前は卑怯者だ!」

 サトはきりりとレンを睨みつけた。

「……卑怯……かはわからんが……すまな」

「謝るんじゃない!」

「……俺に、どうしろと?」

 レンは困ったような表情でサトをじっと見つめた。

「いつも通りでいい……いつも通りの、無表情な隊長でいてくれさえすれば……私はお前の後ろからついていくから」

 サトはレンの視線に歯向かうかのように、強い眼差しを送る。

「……難しいこと言うなぁ、お前は……俺の気持ちを知っててそれを要求するのか……」

「で、できるだろ! 今までだってそうしてきたんだから!」

「今までのと今の俺の気持ちは、違うんだぞサト?」

 サトの眼差しを受けても尚、レンは自分の意志を伝えることをやめなかった。

「まあ、お前がそうしろというなら、いくらでも無表情でいられるけどな……お前への気持ちは変わらないぞ、言っておくけど」

「くっ……」

 サトは急にいたたまれない気持ちになって俯いた。

「人の気持ちは、誰にも……自分自身ですらコントロールできない……ワガママなものなんだ」

 レンは立ち上がり、サトの前に立つとそっと頭を撫でた。

「なっ、なにすんだっ」

 慌ててサトが視線を上げ、レンを睨みつける。

 そんなサトに、レンは微かに笑った。

「……いや、なんだかお前が子供っぽく見えたから……じゃあ、そろそろ行こうか」

 言い、レンは歩き始める。

「あっ、な、なんだよ……子供っぽいってさ……馬鹿にすんなよ!」

 サトは叫び、レンの後ろについていく。

 目指す路面電車の停留所に向かって、二人は無言のまま歩き続けたのだった。

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