第27話 サトの父親

 気がつけば、レンはかつて通った剣術道場であるサトの家の前にいた。

 父の病院を出てから、既に一時間以上経過していて辺りは夜闇に包まれ始めていた。

「……いきなり来られても……迷惑だよな」

 レンはしばらくの間、門のインターフォンを押すかどうか迷っていた。

 会ったところで、サトとの会話が弾む気もしない。

 単にサトの顔を見て、ホッとしたいだけなのだ。

「……やっぱり帰ろう……」

 レンは深いため息を吐き、くるりと後ろを振り返った。

 その目の前に作務衣を纏った男が立っていた。

 思わず、レンは立ちすくむ。

「ここは俺の家なんだが……君は家に用事があって来たんじゃないのか?」

 俺の家、と言う男の言葉にレンはピンと来た。男は見た目の年齢がサトの父に当てはまったからだ。

「すみません」

 レンから出た第一声は、謝罪の言葉だった。

「……なぜ謝るんだ?」

 男は不思議そうな表情でレンに訊ねる。

 なぜ、と問われレンの頭の中には偽装結婚という文字が浮かんだ。

「……サトに会いに来たのか? 君は、サトの上司で偽装結婚の相手なんだろう?」

 黙り込んだレンに、男はため息を吐きながら言った。

「……知っているんですか……」

 レンは複雑な表情を浮かべて男を見た。

「まあ、サトから色々事情を聞いてるからな。なぜ偽装結婚なんてことをしようとしてるかも、聞いてるよ。だから、変に警戒しなくていい。俺は、サトの父親だ」

 レンは少しホッとしたように、息を整えた。

「アマガイさんの上司のヒラドレンです」

「……ヒラド君、わざわざ家まで来たのに、帰ろうとするのはなぜなんだ? 君は、サトに会いに来たんじゃないのか?」

「……はい、そのつもりで来たのですが……直前で迷ってしまって……やはりやめようと……」

 レンはコジロウの問に素直に答える。

「……そうなのか……なにか、話したいことがあったから来たんじゃないのか? 仕事の話なら明日すれば済むものを、家まできたんだから」

「そうなんですが……あの、あまり明るい話じゃないので……迷惑になるんじゃないかと」

 俯き、地面に向かって言うレンをコジロウは少しの間じっと見つめた。

「……話の内容がなんであれ、話をしたいならした方がいいぞ。そうしないと、話す機会を失っておかしなことになったりする。これは、俺が経験した上で言っている事だ」

 レンが顔をあげると、そこには自嘲気味に笑うコジロウの顔があった。

「後悔しないように、生きた方がいい……少し待っていなさい、サトを呼んでくるから」

 そう言うとコジロウはレンの返事を待たずに家の中に入っていく。

 バタバタと慌ただしい気配が家の中から漏れ出てくる。

 バタッと大きな音を立てて玄関のドアがあき、静かに閉められた。

「おい、なんだって家に来たんだよ! 私は今日は引きこもりデーと決めていたから、なんの準備もしてないぞ!」

 サトは門の前に立っているレンを見るなり、小声で叫ぶ。

 確かに、サトの服装はおしゃれなものではなかったし、久しぶりに見る分厚いレンズのメガネをかけていた。

「……なんで小声で喋るんだ?」

 サトに合わせてヒソヒソとレンは訊ねる。

「そりゃあ、じいちゃんにバレたくないからに決まってんだろ!」

 サトは渋面を作って、ヒソヒソと叫んだ。

「ここで喋ってたらじいちゃんにバレるからな、さっさとどっか行こうぜ」

 サトは言いながら歩き始める。

「……お前の親父さん、いい人だな」

 前を歩くサトの背に、レンは呟くように言った。

「うん……あまり口数は多くないから、なに考えてるのかよくわからない時もあるけどな」

「……そうか……」

 レンは頷くと黙り込み、ただ前を歩くサトの後ろについて歩き続けたのだった。

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