第15話 食べ物と思い出
まさか、じいちゃんの言葉通りの行動をしてしまうとは……
『まあ、まだ二回目じゃからな……今回の課題は相手の手を握るくらいかのぅ?』
脳裏に、今朝の祖父ヤジロウの言葉が蘇る。
サトは自身が起こした行動に、内心頭を抱えていた。
自分からレンの手を握るなど、予想外もいいところだった。しかし、さらに予想外の出来事が起きた。
レンは手を離すどころか、逆にサトの手を握る自分の手に力を込めてきたのだ。
「いったいどうなってるんだよ……あいつ、女は嫌いじゃなかったのか……あ、いや、違うな」
サトはトイレで手を洗いながら一人呟いた。
「あいつは、私を女として見ていないってことだ。なんだ、そうか……これですっきりした」
サトはほっと胸をなでおろしたが、同時に心の隅でちくりとした痛みがある。
それを自覚し、サトは眉根を寄せて鏡の中の自分を見た。そして、左手の薬指で物静かに輝くエンゲージリングに視線を移す。
「……こんな似合わない指輪なんかしてるから、おかしな気持ちになるんだ……早く外したいなぁ……」
サトは言い、そっとため息を吐いたのだった。
サトとレンは昼食をとろうと、園内の軽食コーナーの一角に席をとっていた。
「なにを食べよう……」
サトはトイレから直接売店の列に並ぶ。
「昔と比べると、随分と食べ物のメニューが増えたなあ……」
サトは十五年前の遠足で訪れた時の記憶を探る。
軽食販売窓口の上方には、園内の動物を彷彿とさせる軽食メニューの写真が数種類掲示されていた。
列に並びながらそれらを見、サトは決断する。
「ジャーン! 見ろ隊長、なんとモグラ叩き風たこ焼きだ!」
サトは得意気にそれをレンの前に置いた。
「……なんだ、それは?」
微かに眉根を寄せ、レンはほかほかと白い湯気を立てるそれを見つめた。
「モグラ叩きゲーム、やったことある?」
サトは席につき、一緒に買った飲み物に口をつける。
「ある」
「それっぽく見えるように、ケースがアレンジされてるんだ。まあ、中身は単なるたこ焼きだけどな。隊長は何食べてるんだ……カレーか……ライオンカレー」
言い、サトは吹き出した。
「腹持ちのしそうなメニューがこれしかなかったんだ、笑うな」
それは中央に白米が盛られ、その周りをライオンの鬣に見立てたカレールーがよそわれている一品だった。
白米にはにっこりと笑った可愛らしいライオンの顔が、黒い焼き海苔で表現されている。
「だって可愛いからさ、つい」
「腹に入ってしまえばなんだって同じだ」
レンはそう言いつつも、乱暴にかき混ぜたりせずに端っこからカレーを掬って食べている。
「まあ、そうだよな……たこ焼き、食いたかったら食っていいぞ。私はハンバーガーとポテトも買ったからな」
「……これ、芸が細かいな」
レンがたこ焼きの箱についてきた爪楊枝に気がついた。
「だろ? ハンマーだぜ、モグラ叩きの」
サトは再び笑った。
「二本ついてるからさ、一緒に食おうぜ!」
「……うん」
レンは爪楊枝でモグラもどきのたこ焼きを突き刺し、それを口に放りこんだ。
「……おいしい?」
「……ほどほどに冷めてて食べやすい……」
レンの無表情での答えにサトはにっと笑った。
「そりゃ良かった、どんどん食え! あはは!」
サトはハンバーガーとポテトを交互に口に運びながら言った。
「後でソフトクリームも食べよう……昔さ、母親がよく買ってくれたんだ……私はバニラとチョコのミックスが好きでさ!」
「……お前は……」
楽しげに言うサトを、レンは不思議そうに見つめた。
「母親とのこと、楽しげに話せるんだな」
「……まあね、楽しかったことは間違いないからさ……別になかったことにすることないじゃん?」
「それはそうだが……」
「隊長は嫌いか? ソフトクリーム?」
「……好きだけど……」
「そっか! 何味が好き?」
にこにこと笑って問うサトに、レンは少しの間沈黙した。
「……バニラ」
「オッケー、後でご馳走してやるからな!」
「……なんでだ?」
レンは冷めてきたカレーを口に放りながら眉根を寄せた。
「え、なにが?」
サトはキョトンとしてレンに問う。
「なにがそんなに楽しい?」
「……動物園、楽しくない? こののほほんとした空気とか、こうやってジャンクフード一緒に食べたりとかさ……まあ、隊長は好きでもない女と一緒に飯食っても楽しくないか」
「……そんなことはない」
レンは憮然として口元を紙ナプキンで拭った。
「いやいや擬装デートなんだからさ、別に私に気を使わなくていいよ。あ、そうだ擬装ついでにさ、私水族館に行きたいんだよね。動物園もそうだけど、水族館も一人じゃ行きにくいからさ……ってことで、次かその次のコースに水族館組み込んでもいい?」
「わかった。ちょうど最後のデートコースを海沿いにある水族館にしようと思っていたところだ」
「おぉ、いいねぇ! 水族館行って隊長のお父さんと会ったら、私は報酬の漫画本をこの手にできるってわけだ!」
レンは高らかに叫んだサトをじっと見つめた。
「……まあ、無理にとは言わないけど、隊長ももっと楽しめば? 私もさ、正直に言うとイサカ隊長の娘さんや隊長のお父さんには後ろめたい気持ちがめちゃくちゃあるけど、動物園は楽しい」
そんなレンを、サトは真顔で見つめた。
「……お前は不思議な生き物だな……」
レンはしみじみと言う。
「いっ、生き物?」
サトは絶句した。
「指輪を選んでいた時の態度とまるで違うから、こっちは混乱する。まあ、面白いといえば面白いが」
言い、レンはニヤリと笑った。
「ば、馬鹿にしやがって……」
サトは唸るように言った。
「馬鹿にはしてないさ。むしろ尊敬する、その切り替えの早さを」
「むむ……」
複雑な表情を浮かべ黙り込んだサトに再び笑い、レンは空になったカレー皿を手に席を立った。
「不快にさせた詫びにソフトクリームを買ってやる。チョコとバニラのミックスな」
「うっ、うん……」
サトはハッとし、残りのポテトを慌てて口にし始めたのだった。
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