第14話 動物園
サトとレンは宝飾店から歩いて動物園に向かった。
商店が立ち並ぶ街道から動物園までは、徒歩二十分程だ。
「週末で天気がいいと、やっぱりレジャー施設は混んでるな」
動物園のゲートをくぐったサトは、辺りをキョロキョロと見回しながら言った。
その目に映るのは沢山のカップルや家族連れ、立派なカメラを携えた人々などだった。
広さは十四ヘクタール程の動物園で、アクセスが良い点や目玉となる大型の動物が数種類いることなどから、人気のある場所だった。
「初等部の頃、遠足で来たなあ……隊長も初等部の頃来ただろ? うちの近所に住んでんだもんな?」
サトは入口に置いてあったカラー刷りの園内パンフレットを見ながら言った。
「近所といっても、区域が違うから学校は同じじゃないぞ……ここには来たけど」
「……来たんじゃん」
サトはソワソワしながら言った。
「楽しみだなあ……ペンギンは絶対に見よう……あとハシビロコウ……ふっ」
「? なにがおかしい?」
足を止めて笑いを堪えているサトを、レンは訝しげに振り返った。
「ハシビロコウ、隊長に似てる! 後で絶対に見に行こう!」
「……そんなに可笑しいか」
足取り軽く歩き始めたサトの背を、レンは眺める。
ストレートの長い髪が、ピュアホワイトのトップスによく映えていた。
「可笑しいだろ? 知ってるか、ハシビロコウがどんな鳥か?」
後ろのレンを振り返り、サトは笑顔で言った。
「……知ってるさ……目つきが悪くて動かない鳥だろ? 俺はあんなに目つきは悪くないぞ」
レンは憮然として言った。
「まあ、確かに見た目は隊長の方がいいけど、他人を寄せつけないような雰囲気はそっくりだ」
さらりと言うサトの台詞にレンの表情が曇った。
「……そうか、俺はそんな印象か……」
「まあ、気にすんなよ。単に私がそう思ってるだけだからさ! ほら見ろ、なんだか地味ででかい鳥がいるぞ!」
サトは叫ぶと近くの大きなケージに近づいた。同じサイズのケージが三つほど並んでいる。サトは次々とその中にいる大型の鳥を眺めた。
「……気のせいか……お前にそう言われると、少し傷つくような気がする……」
その後を追うように歩きながら、レンはポツリと呟いていた。
「あぁ……猿の親子かわいいなあ……」
野生の小動物や海外に生息する数種類の猿を観た後で、サトは自国の山に生息する猿の群れを見つめた。
レンもその隣に立ち、群れを眺める。
猿山には、数えるのが億劫に感じられるほどのたくさんの猿がいた。
一心に餌を頬張る、餌を奪い合う、追いかけっこをする、日向でぼんやりとする……実に様々な様子を楽しむことができた。
「あのちっちゃいの、必死にしがみついててかわいいな……母親かな……」
サトが目を留めたのは猿の親子だった。
「うちさ……母親いないんだ」
サトが唐突に言った。
「……そうなのか……」
「……急にいなくなったんだよな、生まれたばかりの弟だけ連れて」
「……そうか」
サトは隣のレンを見た。
そこにはいつもの無表情があり、その視線は猿の群れに注がれていた。
「私が五歳の頃でさ……よく覚えてるんだ……私、弟が欲しくてさ、念願叶って弟が生まれて……すっごく嬉しかったんだよね」
サトは再び猿の群れに目を向ける。
「すっごく嬉しかったから……いきなり理由もわからずにいなくなって、私はショックだったし寂しかった……だった、って言ってるけど今もその気持ちを引きずってる。私を育ててくれた親父やばあちゃん、じいちゃんにはすごく感謝してるけどね」
「……恨んでいるか? 母親のこと」
「……恨んじゃいないさ、ただ寂しかったのと理由を知りたいってだけでさ……まあ後は……」
言い、サトは瞳を細めた。
「せっかくできた弟と、もっと遊びたかったな……とは思ってる……弟が生きてたら、今二十二歳だから隊長より若いな」
レンはくるりと踵を返した。サトも同じように、猿山に背を向ける。
「悪い、つい暗い話しちゃってさ……猿の親子見てたらついな……忘れてくれ」
はは、と笑いながらサトはレンの背中に言った。
「傍にいても、寂しさを感じることはあるんだ」
ぼそりとレンが呟いた。
「え? なに?」
「いや、なんでもない。次は何を観る?」
「えっと、ルートでいくと……」
サトはパンフレットを広げた。
そのパンフレットを、正面に立つレンが覗き込む。
「北極熊とか虎とか……」
「……うん、行こう」
「……なあ、本当に気にすんなよ?」
パンフレットを閉じ、サトはじっとレンの瞳を見つめた。
「同情なんか、されたくないからな」
「……同情はしてないさ」
「じゃあ、なんでそんなに浮かない表情してるんだ?」
「……同情されたくないような感情を、俺も持ってるからだ」
言い、レンは微かに目を細めた。その瞬間、ずきりとサトの心に鈍い痛みが走る。
「ごめん……私、自分のことしか考えてなかった」
「いや、いい。感情が表に出るなど、俺のガードが甘いんだ。行こう、こっちだったか?」
「……いや、こっちだ」
サトはレンの手を取った。
冷たいような生ぬるいような、そんな人肌の温度が手のひらから伝わってくる。
「そうか」
レンは少しだけ握る手に力を込めた。
ぎこちない二人の歩き方を気に留める者は誰一人としていない。
賑やかで明るい園内の空気に押されるように、サトとレンは手をつないだまま歩き続けたのだった。
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