第11話 祖父の願い
サトとレンの二回目の擬装デートの日がやってきた。
時刻は午前七時。空には朝からまばゆいばかりのお日様が輝いている。
サトは祖父母と朝食を済ませ、自室で外出の準備をしていた。
「確か今日の行き先は動物園だったな……」
サトは先日レンからかかってきた電話の内容を思い出す。
「……動物園に行くなんて何年ぶりだろ……あんなとこ、一人じゃ行かないしな……」
サトはぼんやりとした口調で呟いた。
レンとのデートはけして本意ではなかったが、一人では足を運ばないようなところに行けるチャンスでもあるということにサトは気がついていた。
「擬装は後ろめたいけどな……よく考えたら水族館にも行きたいかも……今日、あいつに提案してみようかな?」
『次と次と次のデートの時はこの組み合わせで着てこい』
そうサトに言ったレンが選んだ服の組み合わせを、サトは目の前に並べてみた。
一、ブラックのトップスとダークグリーンのロング丈のマーメイドスカート。
「これは先週着たやつで……」
二、ピュアホワイトのトップスとベビーピンクのロングスカート。
「……これ、可愛いすぎるだろ……チカに似合いそう……」
三、色鮮やかなブルーのトップスとブラックのロングスカート。
四、カーキのジャケットとパンツにホワイトのカットソー。
「まあ、この二つはなんとなく落ち着きがあるな……さて、今日はどれにするかな……うーん、あまり着たくないやつを先に消化しておくか」
三つの候補の内、サトが選んだ組み合わせはピュアホワイトのトップスとベビーピンクのロングスカートだった。
トップスはバルーンスリーブの丈が短めのもの、スカートはシフォン素材のプリーツスカートだ。
それらを身に纏い、サトは部屋の鏡を見た。鏡は全身が映る大きなものだ。
「うっわ……激甘……ばあちゃんが好きそう……」
そこに映し出された自身の姿に、サトは肩を落とした。
「こういうの、あまり好きじゃないんだよなあ……まあ、自分の服は自分からじゃ見えないっちゃ見えないんだけど」
ふと頭によぎったのは化粧、の二文字だった。
普段のサトのスキンケアは基礎的なものだけだ。
「まあ、将来シミだらけってのは嫌だから日焼け止めだけは塗ってるけど、その他のって……ああ、そういやあ昔上司の結婚式の時に使ったのがあったような……あ、でもあれもう相当古いから使いたくないな」
散々考えた結果、サトの手元にはなにも色を足す道具がないことが判明した。
「まあ、ないもんはしゃあない! あとはコンタクトだけだ!」
サトは気合を入れるために叫ぶと、一つしかないショルダーバックを掴んだのだった。
「なんだよじいちゃん、わざわざ見送りなんてしなくていいのに」
祖母から『かわいい!』を連呼されたサトは、恥ずかしさを誤魔化すかのように少し不貞腐れた表情で門の外まで見送りに出た祖父に言った。
しかし祖父は一切気にせずしげしげとサトを見つめる。
「……服って、大事なんじゃな」
ぼそりと祖父が言う。
「そ、そうだね」
サトは愛想笑いを浮かべて言った。
「まあ、まだ二回目じゃからな……今回の課題は相手の手を握るくらいかのぅ?」
「課題って何⁉」
サトは祖父の台詞に素っ頓狂な声をあげた。
「いや、なにか目標があった方がやりがいがあるじゃろ?」
祖父はそんなサトににこりと笑って見せる。
「あのさじいちゃん……剣の稽古じゃないんだからさ、別に目標なんていらないんだよ……今日は単に動物見て癒やされて帰ってくるだけなんだから」
「やれやれ、サトは本当に照れ屋じゃのう……いいかサト、恋愛はな、守りより攻めじゃ!」
笑顔から一転してキリッとした表情で祖父は言った。
「いいこと言うのう、ワシ」
そして一人悦に入りニヤニヤと笑う。そんな祖父にサトは呆れ顔だ。
「はあ? 攻めよりなによりこれは恋愛じゃないから! もう、行ってくる!」
少し腹立たしげな表情でくるりと振り返るサトの目の前に、いつからいたのか人影が立っている。
「た、隊長⁉」
その人物を識別した途端、サトの脳内は真っ白になった。
「おぉ、アマガイ。今日の服はその組み合わせにしたのか……可愛いなそれ」
レンはいつも通りの無表情で淡々と言った。
「な、なんで家に来たんだよ……今日も先週と同じ場所で待ち合わせだっただろ!」
サトはハッと我に返って叫んだ。
「いや、こないだたまたま名簿を見たら、お前の家の住所が昔住んでいた辺りだったんだ……おまけにアマガイと聞いたらピンと来た」
「はあ?」
レンの言葉にサトは思いっきり眉根を寄せた。
「俺、初等部の頃この道場に通ってたんだ」
「ん、なんじゃサト? 知り合いか?」
サトの後ろから祖父がひょっこりと顔を覗かせる。
「ほぉ、こりゃまたハイスペックな男子じゃな」
祖父はレンを頭からつま先までゆっくりと眺めてから言った。
「……じいちゃん、こいつが私の擬装結婚の相手だよ。社の上司でヒラドっていうんだ」
仕方無しに、サトはレンを紹介する。
「お久しぶりです、ヤジロウ先生。レンです。覚えていませんか?」
レンはにっこりと笑ってサトの祖父ヤジロウに挨拶した。
「レン? ヒラドレン……」
うーんとヤジロウは考えこんだ後、ハッとしたような表情になった。
「あぁ、あのチビスケか!」
そう叫ぶとヤジロウは再びレンをしげしげと見つめた。
「随分大きくなったのぅ……何年ぶりじゃ?」
「十五年ぶりです、先生。覚えていてくれて嬉しいです」
にこにこと笑うレンをサトはじとっとした目で見つめていた。
「……私にはこんなに笑わないのに、なんだよ……」
「ん? なんか言ったかのぅ、サト?」
「いや、なんにも言ってない」
サトはそっぽを向きながらヤジロウの問に答えた。
それをほんの一瞬見つめた後、ヤジロウはレンに向き直った。
「そうか……お前がサトの結婚相手か」
「擬装が抜けてるよ、じいちゃん」
すかさずサトが訂正する。
「まあ、まるっきり知らん相手よりよっぽどマシじゃな……ところで、お前がサトの服を選んだのか?」
「はい、そうです」
二人は渋面を作るサトをまったく意に介さず会話を続ける。
「うむ、こう言っちゃなんだがサトはどうも女っ気に欠けていてのぅ……ちと教育してやってくれんか?」
「はい、もちろんそのつもりです。お任せください、先生」
レンとヤジロウはにこにこと笑顔を交わす。
「二人とも……人のことを勝手に……」
サトはイライラと呟いた。
「サト」
ヤジロウはサトを振り返った。
「……なに?」
サトはぶっきらぼうに返事をする。
「……がんばれよ!」
柔らかな陽の光より、サトに向けたヤジロウの笑顔は柔らかいものだった。
「……勘弁してよ」
サトはがっかりと肩を落とす。
その肩にすっとレンが腕を回した。
「では先生、行ってきます」
「おいっ! 触るな!」
騒がしく去っていく二人の背に目を細め、ヤジロウは一人呟いていた。
「よろしく頼むな、レン」
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