第4話 擬装デート開始
「えっと、待合せの時間まであと五分あるな……場所も間違いないし」
サトは何度も見返していたメモ用紙に、再び視線を落とした。
待ち合わせ場所は映画館に近い公園の噴水広場だ。
週末の日中で天候も穏やかとあり、公園には複数の家族連れやカップルがいた。
「あー……週末の公園ってのはこんな感じなのか……いつもは部屋に引きこもって漫画読んでるから知らなかったな……」
サトはぶつぶつと呟きながら、噴水に面したベンチを見た。
いくつかあるベンチの一つに、カッチリとした印象のジャケットとパンツに身を包んだ男が、足を組んで手にした本を読んでいる。
「あ、いたいた」
サトはその男の前に立った。男はすぐさま人の気配に気がつき、読んでいた本から顔を上げる。
「アマガイ、お前……なんだ、その格好は」
サトを映画鑑賞に誘った男平戸レンは、その姿を見るなり真っ先に眉根を寄せた。
「は? 格好?」
その言葉を聞いたサトは、同じく眉根を寄せて自身の服装を見る。
サトが今日選んだのは、ふんわりとした裾の長いシャツに裾の広がったコットン素材のパンツだった。肩より長い髪の毛は、いつものように後ろで一つに結いている。
「それがデートに選んでくる服装か!」
レンは不快を顕にしたまま叫んだ。
「ああ? 服装なんか、どうでもいいだろうが」
サトは眼鏡の奥の瞳を細め、ベンチに座ったままのレンを見下ろした。
「どうでもいいだと?」
ぴくりとレンの片方の眉尻が動く。
「俺の服装を見ろ。どう見たってお前のその格好と釣り合いが取れんだろうが……それにその髪型、眼鏡!」
レンは次々と指摘し、重いため息を吐いた。
「私の髪は硬くて癖があって、こうする他ないんだよ! 眼鏡だって同じだ!」
サトは納得いかない、とレンに向かって叫ぶ。
「あぁ、もう駄目だ。俺はとても耐えられない。映画を観る前にコンタクトレンズを買い、美容室に行って縮毛矯正をかけ、服屋でもっとお前に似合う服を選ぶ!」
レンはベンチから立ち上がり、サトに向かって宣言した。
「はあ? 何言ってんだよ、そんなことするくらいなら帰る!」
「……漫画本百冊……欲しくないのか」
「……いや、欲しいけどさ……だからって、あれこれ私のことに口出しされるのはゴメンだね」
サトはふいっとそっぽを向いた。
「お前、コンタクトをしたことがあるか? それに、縮毛矯正かけたことは?」
「……ないよ、金もかかるし」
「わかった、金なら俺が出すから行こう。こんな言い合いをしている時間がもったいない」
レンは読んでいた本をバッグにしまい込み、さっさと歩き始めた。
「おいっ待てよ、勝手に決めやがって!」
そう叫びつつも、サトはその後ろについて行くしかなかった。
レンは高身長のサトより頭一つ高かった。それに、やはり体を鍛えているとあって姿勢がいい。
服装か……
その後ろ姿を見ながら、サトは思った。
確かに、自分が選んだ服より清潔感があるような気がした。しかし、それはレンが持つ素地のせいもあるだろう。
「いいよなあ、イケメンはどんな服も着こなせるからさ……」
知らず知らずの内に、サトは自分自身とレンとを比べ気落ちしていた。
「なんだこれ、ちっとも楽しくないじゃん」
そんな自分に気がつき、サトはハッとする。せっかくの週末の貴重な休みをこんな憂鬱な気持ちで過ごすなどもったいない。
「コンタクトレンズに縮毛矯正か……」
早速コンタクトレンズを取り扱う店を見つけて入店するレンの背を見つめながら、サトは一人呟いていたのだった。
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