第3話 大事な仕事

「というわけでさ、週末ヒラド隊長と映画を観に行くことになったんだ」

 サトが切り出した言葉に、チカは眉根を寄せた。

 二人がいつも昼休みに利用している、海が見渡せる公園だ。

「えっ、それってデートってこと?」

「偽装結婚を成功させる為にするんだから、偽装デートだろ?」

 浮かない表情で聞いてきたチカに、苦笑しながらサトは言う。

「でも、他人から見たら二人は恋人同士に見えるわよね……もしそんなところを社内の人に見られたら……」

「もし見られたら、うちの社内はその噂で持ちきりになるだろうな……まさしく、隊長の目論見通りだ」

「目論見って……なんか失礼じゃない? サトなら強そうだから、なんて」

 レンがサトを選んだ理由を、チカはサト自身から聞かされていた。

「まあ、そこに関しちゃ納得してるからいいんだけどさ……なあ、チカ……もし私と隊長の仲が噂になったとしても、絶対に私を庇ったりするなよ?」

「え?」

 怪訝な表情を浮かべるチカに、サトは苦笑いを浮かべた。

「チカは、私のことを好き勝手言う連中に怒ってしまいそうだからな。適当に愛想笑い浮かべて、相槌打ってくれていいから……そうしないと、職場で浮くだろう?」

「う……うん……」

「職場での円滑なコミュニケーションは、どんな仕事より大事だ。特に事務職はな」

 重ねて言うサトにチカは笑った。

「よく知ってるねぇ、ほんとその通りだよ……ごめんね、サト」

「いいや、謝らなくていいよ。そういったのを全部ひっくるめて私は引き受けたんだから」

「擬装結婚か……ねぇ、サトには結婚願望ってないの?」

 チカの問にほんの一瞬サトは黙り込む。

「……ないよ。結婚なんて窮屈だし、なにより私みたいな女を嫁にしようなんて奇特な男が、この世に存在するとは到底思えない」

「……んー……なんだろ、それって受け身だよね……そうじゃなくてさ、サトが誰かを選ぶ気があるかないかってとこ」

 チカの指摘にサトは黙り込んだ。

「……そんなこと、考えたことなかった……私はあったかい家庭には縁がなかったし……あ、じいちゃんとばあちゃんはいい夫婦だと思うけどな」

 考えた末にたどり着いた答えを、サトは海原を見つめながら口にした。

「考えたことない、かあ……じゃあ今回の擬装結婚が考えるきっかけになるかもね」

 チカも同じように海原に目をやりながら言う。

「……別にならなくていいんだけど……私は単に人助けができて、欲しい漫画本が手に入ればそれでいいんだ」

「サトは、男の人とお付き合いしたことないの?」

「ないよ……この先もする予定なんかなかったのにさ」

 はあーあ、とサトはため息を吐く。

「じゃあ、これは記念すべき初デートってわけだ」

 にこりとサトに笑いかけ、チカは言う。

「……擬装だけどな……しかも相手はあの隊長だ」

「まあとにかくさ、初めての体験でなにか心境の変化が起きるかもしれないじゃない! 私、楽しみにしてるよ!」

「えぇ……楽しみにするなよチカぁ……」

 にこにこと穏やかな笑みを浮かべるチカに、サトはげんなりとして言ったのだった。

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