プロローグ(3)

もうすでに何度も感じていることだが、帰った来たなという気持ちでいっぱいになる。

この旅の目的を忘れるくらいに懐旧の情に浸っていた。

車は出身小学校のそばを通り過ぎたくらいだ。

ここから30分くらいで家に着く。

「姉貴はいつこっちに戻ってきたの?」

「実は一週間くらい前に、実家の近所にさ飯沼さんっていう母さんの友達いたじゃん。その人から母さんの体の調子が悪いって連絡くれてさ。私ももうそろそろかなぁって思ってたから今回は行こうかなぁと思ってね。だからまぁ、今週の頭くらいからはいたね」

「そっか」

「何でこんな忙しい時に限って死んじゃうんだろうねぇ」

「母さんは忙しいからとか関係ない人だったじゃん」

「たしかに。授業参観とか慎が小学校で私が中学校の時でもどっちも行こうってしてくれてたよね」

「自由な人だけど、子ども思いで女手一つでよく育ててくれたよ」

「だね…」

少しばかりの沈黙が生まれた。

「そういえば、姉貴って何で急に家出したの」

「あ~…。それは今度話すよ」

「なに。言いにくいことなの?」

「いやっ…。まぁ多少は」

「へぇ。まぁいいよ」

その後は互いに家を出てから今までのことを適当に話していた。

楽しかったことも辛かったことも、同じ家で生まれ育ったはずなのに、社会に出てからの経験は全く違うものなのだなという当たり前のことを知った。


山奥の村であるため、渋滞とは縁がない。

予定通り、実家に帰って来た。

さっきまで久しい気持ちでいっぱいだったのに、実家を見るとそうでもないように感じた。

きっと、ここに来ると子ども時の自分に戻ってしまうのだろう。

荷物を降ろし、家に入る。

「ただいま…」

誰にも聞こえないように小さく言った。

「おかえりっ」

「なんだ聞こえてんのか」

母親が数日前までいたとはいえ、やけにきれいに片付いていることが気になった。

「姉貴が片づけたの?」

「え?あぁ、家は近所の人たちが片づけてくれたらしいよ。母さんが病院に行くときにね。緊急搬送とかで散らかっちゃったらしくて、母さん掃除好きだから帰ってきた時怒っちゃうから・・・なんて言ってたよ」

「ふぅん」

片付いていないと気になる性格であるのに、この空間の寂しさをどうにかするには辺りのものを引っ張り出して広げるしか考えられなかった。

「荷物置いた?」

玄関の近くにいる姉が大きな声で聞いてきた。

「うん!」

「じゃあ挨拶回り行くよー」


この村には6世帯しかないので、全員ご近所さんである。

昔はみんなでバーベキューをしたり、近くの川で魚釣りをしたりと村内イベントを多くやっていた。

だから、今回の母親の葬式も村のみんなが手伝ってくれる。

もはや、当たり前と化しているようだが、大人になった今、こういうことの有難みを強く感じていた。

”ご近所さん”の内の一人、斎藤さんに挨拶している時、慎には一つ気になる話題があった。

「—そういえば、あの子。どうするんだい?」

斎藤さんは声を小さくして話し始めた。

「あー、あのぉ・・・。まだ決まっていないんですよぉ」

「そうなの?でもねぇ、昨日も話したようにね―」

「分かってます分かってます…。これからしっかり決めますから」

「いくら秋子さんが遺したものだからって、無理したらあの子にも申し訳ないからね。よく考えて、ね」

「はい。」

姉は全てを把握しているようだが、慎には全く分からない話題であった。

慎は車に乗り込んだ後、姉に聞いた。

「姉貴。さっきの話、俺にも詳しく話してくれよ」

「んー。葬式終わったら話すから、そのつもりで」

「何で今話してくれないの?」

先ほどの姉が家出をした理由も茶化された感じになってしまったこともあって、慎は少し強気に言った。

「・・・葬式の時は、他の心配して欲しくないのよ」

「・・・結構重要な話なの?」

「そうね。・・・特に慎にはね」

「あ・・・そう」

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