第9話「冒険前の準備」
食後の祈りを済ませた彼らと共に席を立つ。すると、見知った顔がこんな朝から酔っ払いに絡まれていることに気づく。この喧騒の中だからか、ルーンとキーは気づいていないようだ。レイは気づいているが無視している。仕方ない、ここは自分が一肌脱ぐか。三人に声をかけ、昨日とは違い両手剣を背負ったアイオライトが絡まれていることを伝える。
「えー、行くの?」
「でも、明らかに嫌そうな顔してるからな」
「困ってる人はほっとけない! 行こう!」
一名ほど渋々、といった様子だが向かうということで話がまとまった。ある程度近づけば、アイオライトの方からこちらに近づいてくる。
「せ、先輩すみませんね! 知り合いが来たんでこれで……」
と明らかな作り笑いをしながら酔っ払いから離れることに成功したようだ。
「大丈夫?」
「あぁ、ダサいところを見せてしまったね。これは恥ずかしい」
「先輩って言ってたけど、自分の方が先にやっていたってだけで威張る方が恥ずかしいよ!」
なんて、その場から離れながら皆でアイオライトを励ます。だから皆聞こえていなかったと思う。でも自分は聞こえた。例の先輩、とやらが舌打ちと共に呟いた言葉を。
「あの野郎ろくに冒険なんかしたことがない癖に、一丁前に冒険者とか名乗りやがって」
*
武器など、冒険に必要なものを買い揃えたい旨をアイオライトに話せば店に案内してくれた。何なら安いが値段以上の物、つまりコスパが良い物がどれかも教えてくれるそうだ。先ほど聞いた言葉が気になるところだが、所詮酔っ払いの言葉だ。戯言だと思っておこう。
「おっ、アイオライトじゃないか。両手剣使うのやめるのか?」
「違いますよ。今日はこの子達が冒険者デビューするっていうんで良いのを見繕ってあげるために来たんです」
お前はイイヤツだなぁ、と店主が笑う。良くも悪くも、彼は顔が広そうだ。
「さて、子供達。自分の腕に覚えはあるかい? 僕は両手剣しか覚えがないから教えられないと思うけど」
そりゃそうだ、子供に両手剣は重すぎる。そして、それはきっと自分も同じこと。両手剣を見ても構えなどはさっぱり思い出せないし、持てる気がしない。
「はい! メイス系なら教えてもらったことあるよ!」
「弓矢なら嗜み程度ですが」
「……魔術系。でも要らない、魔法使えるから」
口々に言っていく。皆に合う物を、時々店長に聞きながらもアイオライトは選んでいく。
「メイス、いいね。硬い敵や防具を着こんだ盗賊にもある程度のダメージが期待できるし、何より安いからね。どれくらいまでの重さなら持てる?……おぉ、結構力持ちだね」
「弓矢かぁ……。予算と、後何級? ……なるほど、それなら本数は少なくなるけど丈夫な弓と矢を使った方が良い。後予備の矢じりもだね。矢は敵を倒した後に回収して使い回そう。矢筒? 最初は安いのでいいよ。後は短剣をお守り代わりに買うといい」
「魔法……魔法!? 実戦経験は? 無いか、ならこの粉を買っていくといいよ。もし距離を詰められたら使うといい」
かなり手際が良い。彼は自分の専門以外にも知識が豊富なようで、頼りになるという感想が思い浮かぶ。それと同時に、不安も浮かぶ。
「さて、人間の子供さん。次は君の番だよ」
自分は一体、何が使えるのだろうか。記憶が無いからわからない。
「あ、アイオライトさん! アンカーは記憶喪失なの」
「あー……なら聞かれてもわからないね。ごめん、じゃあ一つ一つ握っていって合いそうなものを探そうか」
こくりと頷く。メイスや弓矢、ないとは思うが両手剣を握る。特に何も感じないしわからない。これは時間がかかるかもな、と誰もが思った。自分も思ったが、その予想は外れた。次に握った片手剣。これを握った瞬間、自然と基本の構えを取れた。
「おー、アンカーかっこいー!」
ルーンがくるくると自分の周りを回って祝福してくれる。レイも笑って拍手をしてくれた。
「どうだ、アンカー。何か思い出せたか?」
キーの問いには首を横に振る。構えや立ち回りは思い出せた。しかし、それだけだ。どんな敵と対峙したことがあるのか? 誰から教えてもらったのか? 関連する記憶は何も無い。
「まぁ、ともかく片手剣が君には似合いそうだね」
それなら、と合う装備などをオススメされた。潜水服を全身に着ているからかなり制限されたが、胸当ては着けれた。
「その胸当ては僕とお揃いだよ、強くて美しい僕とお揃いの物だからね。きっと役に立つさ」
お揃い。悪くない気がする。……隣のレイがその言葉に反応して凄い顔してるけど気にしないことにする。
「よーし、全員の装備揃ったし依頼受けに行こう!」
ルーンの提案に三人共頷く。
「……君達、都市の外に行くんだよね?」
「はい!」
「じゃ、じゃあ僕もついて行ってあげよう!」
「……ふぅん? ま、ボクはいいけど。アンカーは?」
知識は力だ、自分は賛成だと思う。他の二人は?
「私も賛成!」
「皆都市の外にあまり出たことがないから、ダンジョンや遺跡に行くなら経験者は居た方がいいと俺は思う」
皆賛成のようだ。それならと、アイオライトに手を差し出す。アイオライトもその手を握り、握手をする。
「これからよろしくね」
彼の笑顔に、こちらの胸も何だか暖かくなった。
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