第8話「食前のお祈り」
太陽とは違う、少し人工的さも感じる光が窓から入ってくる。どうやら朝のようだ。
「おはよぉ~」
「おはよう」
あくびをしながら、ルーンが起きてくる。キーは先に起きていたようで、宿に置いてあった本を読んでいた。あの時は急に外に連れ出されたからわからなかったが、この海中の世界にも本はあるらしい。
「うぅ~……」
唸り声が聞こえ、ふと横を見る。レイは寝ているが、まだ何かに魘されているようだ。もう朝だし、悪い夢を見続けるのは可哀想に思えた。揺すってやれば、ぱちぱちと目を覚ます。
「夢、か。アンカー、ありがとう」
へにゃ、と笑うレイは少しかわいく見えた。こう自然に笑えるのに、何故普段の笑みはああも少し……言っちゃ悪いが気色悪いのか。
「さて、全員起きたことだし朝ご飯を食べに行こうか」
「朝ご飯! 何処で食べるの?」
「昨日の夜は結局何も食べれなかったし、冒険者ギルドの酒場で適当に食べよう」
「いいね~!」
キーが朝食を取ることを提案し、ルーンは朝ご飯という言葉で目が覚めたのかかなり乗り気だ。レイも寝起きでぼんやりとしているが、お腹は空いているようで頷いている。一方の自分はというと。
「え? 本当にいいのか?」
「えー! 一緒に食べようよー!」
全くお腹が空いていないのだ。目が覚めた時からずっと、まるで空腹という概念が無いように。それに。
自分は寝ていないのに、こんなに元気だ。ならきっと問題は無い。
*
テーブルの上に、様々な料理が並ぶ。こうして見ると、海藻にもかなりの種類があるのだなと思える。葉もあれば実、茎もある。美味しそうだ。お腹が空いていればがっついていたであろう。魚も加熱されたのか、いい感じに焼き目がついており……食べたくはある、あるがこの海中でヘルメットを外したら絶対に死ぬという確信がある。
「美味しそ~! ねぇキー、食べていい? 食べていい?」
「勝手に食えばいいだろ。ただ、魚神様へのお祈りは忘れずにな」
「もっちろん!」
「ふーん、信心深いんだね」
魚神様。語感的に彼らの信じる神だろうか。初めて聞いたはずの名なのに、何故か馴染み深い気がする。食前に祈る彼らを見て、自分も形だけだが祈ってみる。目を閉じて、目を開ける。目を開けると、他の三人がニコニコしながらこちらを見ていた。
「いやぁ、心の底から信じてなくても何も知らない人が祈ってくれてるのを見るのは結構いいものだね」
「あぁ、人間でもこっちの文化を見様見真似でもやってくれるのは嬉しいな」
「もしかしてアンカーも魚神様に興味ある感じ?」
ルーンがずいっと体をこちらに寄せ、聞いてくる。興味はあるので頷いた。魚神様という存在がどういう存在なのか。どういった認識をされ、どう信仰されているのか。
「魚神様は私達の神様でもあるけど、それ以上に魚の……いや、海を司る神様なの。大昔、人間と魔族の戦争で海すら戦場になってね。その戦いの余波で大量の魚が死んだの。自分の子に等しい存在達が無益な争いに巻き込まれて亡くなったことに心を痛めた魚神様は、その二つの存在に魚達の苦しみや犠牲を伝えるために魚人を生み出したんだよ」
「だから魚神様は偉大な先祖みたいな……そういう扱いなんだ。魚神様が居なければ俺達は存在しなかったし、魚神様が魚を守らなければ仮に存在しても食べるものが無かったんだ」
「だからボク達は魚神様に感謝してるんだよ。といっても信仰の度は人によるけど」
ボクなんかはそんなに感謝してないかな、とレイが言う。確かに、彼は食前の祈りも本当に一瞬で終えていた。
「第三都市なんかは信仰が強いって言うよね~」
「何せ信仰の都って言われるくらいだからな。次に熱心な信者が多いのは第五都市だな」
第三都市、信仰の都。耳障りは悪くないが、少々不安を覚える。第五都市もそれなり信仰が強いなら、第三都市も人間嫌いが多いのではないのだろうか。レイは昨日、いずれ全ての都市を回ると言っていた。第四都市ではまだ何も起きていない。……何も起きなければ良いのだが。
そんな不安を感じながら、三人の食べっぷりを眺めていた。彼らの年相応の食べる量を見ると、何故か安心できた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます