第3話「路地裏にて」
「助かったのか?」
目の前で路地裏に飛び込んだというのに、追いかけてきた魚人達は自分達のことを見失ったようだ。キーは訝しげにしているが、一方のルーンはというと。
「すごーい! こんな魔術、誰が使ったんだろ!」
「でも、あんなに大勢の意識を一気に逸らす魔術を使える魚人はこの都市に居たか? そもそもこれは魔術なのか? まさか……」
ルーンはきゃっきゃとはしゃぎ、キーは考え込む。自分はというと、路地裏の奥が気になった。そこから人の気配がする。ずんずんと奥へと進んでいく自分を、二人は不思議そうにしながらもついてきてくれた。
路地裏の奥、別の建物に阻まれ行き止まり。そこには誰も居なかった。
「誰も居ないねー?」
「これだけ高等な魔術を使える魚人だ、姿を隠している可能性がある」
キーのその言葉を聞いて、虚空を掴んでみた。
はずだった。そこには確かに、布の感触があった。
「ふふ、大当たりだ。人間さんとグリーンヒルの後継ぎサマ?」
ぶわりと風が吹いた気さえした。此処は水の中なのだから波が発生したと言うのが正しいのだろうが、その感触は確かに風だった。
歪んだ視界が元に戻った時、そこには顔の半分が魚の魚人が立っていた。
「初めまして、凡人達と客人。ボクはレイ。レイ・ファンタジア」
小馬鹿にするような声色と、凡人と呼ばれたことに二人はむっとする。それもそうだ、自分もそう言われたら怒る。
「なんだとー! あなたは逆に何ができるってわけ?」
ぷんすこ! という擬音がつきそうな怒り方をするルーンをキーは無言で制止する。
「確かにイラつくが、待つんだ。きっと彼は」
「その通り。ボクがキミ達を助けたんだ。だからキミ達をアイツらに差し出すのもボクの匙加減一つ」
むっとしながらも、ルーンは引き下がってくれた。正直ありがたい。ルーンは無事でも捕まったら自分とキーはどうなってしまうことかわからないし、わかりたくもない。
「でもね、ボクはキミ達に興味は無い」
レイと名乗った男は、大体ルーンとキーと同い年くらいだろうか。彼は、ずんずんと自分に近づいてくる。
「ボクはキミに興味がある。キミ、誰だい?」
顔が近い。視界を確保する窓に鼻がつきそうなくらいレイは自分の顔に顔を近づけてくる。つい、顔を背けてしまう。なんというか、彼の黒く昏い目は全てを見透かしてきそうで恐ろしく思えた。
「その子はアンカーって言うんだよ」
「キミには聞いていないが。しかしまぁ、アンカーか……。知らない名前だ」
「当たり前じゃない? アンカーは此処の外れでふよふよ気絶していたのを私達が見つけたんだし」
「それは知っている」
「……なんで!?」
驚くルーンを見ながら、レイはキミの名前も知っていると続けた。
「ルーン・イディア。違うか?」
「あ、合ってる」
同い年くらいに見え、この都市に居る。ルーンは明るく、キーは恐らくお偉いさんの家の子。この二人は顔が広いと勝手に思っていた。しかし、二人共彼のことは知らないらしく驚いていた。
「俺のことは家が家だから知っていても仕方ないとは思っていたが、ルーンのことまで知っているのか。なのにルーンはお前のことを知らない。俺だって知らない。お前は何をしに来て、そして誰だ?」
キーが警戒を露わにする。レイはそんな様子にも動じず、というか興味無さげだ。何が起こっても自分なら大丈夫だと思っているように。
「そんなに警戒することはないよ。ボクは第二都市から留学しに来ただけの魔術師さ」
「いや、嘘だな」
「ふむ、流石にキミはわかるか。まぁ第二都市から来た、までは合ってるよ。魔術師じゃなくて魔法使いだし留学じゃないけど」
こんなやり取りには飽きた。そう言いたげに髪をくるくると弄りながら、またこちらに顔を向ける。
「自分語りは好きじゃない。ボクの興味の対象はキミだ、アンカー。人間のキミは何をしに来たんだい?」
「アンカー、記憶喪失だから聞いても答えられないよ」
「だからキミには聞いていないんだが」
ルーンが口を挟むのは、きっと自分を思ってのことだろう。正直、あまり話すのは得意でないから助かる。特に、この全てを解っていそうな目に見られながらの話は緊張する。
「しかし記憶喪失、記憶喪失ね。うん、決めた」
「……何をだ?」
「アンカー、ボクと一緒に行こう。ボクは彼らと違ってキミの力になれる!」
にたぁ、と下手くそな笑い方をしながら自分の腕を引っ張られる。困った。彼と一緒に居れば、彼のあの不思議な力があれば、きっと色々と楽だろう。しかし、あの目にずっと一人でさらされるのは耐え難い。ちらりと、助けてくれて信用できる二人に助けを求める視線を送る。
「ちょっとちょっとー! アンカー困ってるでしょ!」
「そもそもそいつを見つけたのは俺達だ。お前はまだ信用できない。俺達もついて行く」
「えー……。アンカーはどうしたい?」
妙に優しげな視線を送ってくるのがいっそ怖い。ともかく、二人がついてきてくれるのは嬉しいし助かる。自分はヘルメットが外れるんじゃないかと思うくらい頷いた。
めっちゃ頷いた。
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