第9話 行ってきます
「っ……天使……さん……」
この日の朝は、自分の声で目が覚めた。
「………………」
見慣れた白の天井をぼーっと眺めながら枕元のスマホを手に取ると、画面に時刻が表示された。
『六時十三分』
どうやら、大分早起きをしたらしい。
そのおかげかはわからないが、いつもより肩が軽い気がする。
ぐっすり眠って早起きしたのだから、それくらいの効果はあるだろう。と根拠もへったくれもない主張を一人で述べていると、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
――って、あれ? 俺、いつ寝たんだっけ……? というか…――――『天使さん』ってなんだ?
「うぅーん……」
よく思い出せないけど、いい夢を見ていたような気がする……。
「天使……さん……」
呼び慣れている自分にちょっぴり驚きつつ、ベッドから立ち上がったとき、胸の奥がドキッと高鳴った。
――っ!! なんだ、今の……。
「………………」
胸に当てた手のひらからドキッドキッと鼓動が伝わってくる。
――大切なことのような気がするのに……全く思い出せない……。
でも、なぜか…――心はポカポカと温かった。
それから台所で顔を洗った後、ベッドに寝転がってスマホを眺める。
――占いは……おっ、
今日は、なにかいいことがあるのかもしれない。
ぐぅううう~。
――おっと……。
腹の虫が鳴れば、やることは一つ。
「朝飯、作るか……」
冷凍庫に入れていたラップで包んだご飯をレンジで温めている間に、やかんでお湯を沸かし、インスタントの味噌汁を作る。
――おっかしいなぁ……。
冷蔵庫の中に、なぜか新品の卵のパックがあったのだ。
――なんで入ってるんだ……?
頭を傾げながら考えていると、レンジからタイマーの音が鳴り響いた。
「おっ…――――
レンジから温めたものを出すときは油断大敵だ。
「ううぅぅぅ……」
水道の水で火傷した指を冷やし、朝食作りを再開した。
……。
…………。
………………。
「ごちそうさまでした」
相変わらず、卵かけご飯と味噌汁の組み合わせは最高だな。
これ以上の組み合わせが他にあるだろうか。……自分で言うのは何だが、あるな。
「うんうん」
と二度頷き、充電コードと繋げているスマホを見た。
「……七時、か」
学校をサボる前までは、大体この時間から出かける準備を始めていた。
「………………」
俺の目は、自ずと壁にハンガーでかけてある制服に向けられた。
「…………っ」
俺は立ち上がってYシャツに手を伸ばすと、恐る恐る袖に腕を通す。
そしてズボンと靴下を履き、部屋の端に放置されていたリュックを掴む。
中身が筆箱と財布だけのリュックは、綿あめのように軽かった。
――昼飯は、購買でいいか……。
玄関で靴を履き終えると、俺はふと自分の髪に触れた。
誰かがずっと撫でていてくれたような……そんな気がする。
「ふっ、そんなわけ――」
『――
「――えっ」
玄関を見渡しても、誰の姿もない。
そんなの当たり前だ。だって、この部屋にいるのは、俺だけ……なのだから。
『あなたが私のことを忘れても……。私は、あなたのことを忘れないよ。――――…ずっと』
――あ、朝から幻聴か……。
「やっぱり、今日もサボ――」
だが、それ以上の言葉は出てこなかった。
「………………」
無言のまま扉を見つめていると、ドアノブにゆっくりと手を掛けた。
自分でもわからないが、今日なら行けそうな気がしたのだ。
扉をガチャリと開けると、朝の日差しが視界を照らす。
「――――行ってきます」
腹ペコ天使さんとお腹を満たすだけっ。 白野さーど @hakuya3rd
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます