第5話 天使さんが初めて料理を作る。

 夕方――。


 キッチンに立ったエプロン姿の俺たちの目の前には、これから使う食材が並んでいた。


 にんじん、もやし、キャベツ、豚のこま切れ肉。


 これから作るのは、そう。野菜炒めだ。


 この一年間。どれだけ作ったことか。


「いいですか? 手を洗ったら、まずは包丁を握るところからです」

「えっと……こうかな?」

「合ってます。けど……刃の先端を上に向けないようにしてください。危ないです」


 ふぅ……。人と料理を作ったことがないから、緊張するな……。


 まして、向こうは完全な初心者だし。


 まあ、なんとかなるだろ。


「よしっ。じゃあ、初めていきましょう。まず、中火で熱したフライパンで豚のこま切れ肉を炒めて、きちんと火が通ったら、塩こしょうで味付けをして一度取り出します」

「うんうんっ」

「次に、フライパンを強火で熱してから、ニンジン、もやし、キャベツを順に炒めていきます」

「その順番って、なにか理由があるの?」

「火が通るのに時間がかかるものから入れていかないと、他のものが焦げちゃうんですよ」

「へぇ~。そうなんだぁ~!」


 それから、好奇心旺盛な天使さんは、言われた順番通りに食材をフライパンに入れていった。


 炒めること、数分後。


「キャベツがしんなりしてきたら、さっき炒めた豚のこま切れ肉と好きなソースを入れて、味をなじませます。


 そこまでできたら、あとは器に盛りつけて……


「完成~っ♪」


 天使さんの声が、キッチンに響き渡ったのだった。




 レンジでチンしたご飯と、粉末とお湯を混ぜるだけでできる豆腐のお味噌汁。


 そして、シンプルイズベスト! これこそ、最高の料理である野菜炒め!


(うんっ、完璧だ……っ)


 香ばしいこの香り……フライパンで踊っていた食材たちが光り輝いている……っ。


 ぐぅううう~。


「……ん?」

「えへへっ……もう我慢できないみたいっ」

「ふっ。じゃあ、天使さん、手を合わせてください」

「? 手を合わせる?」


 不思議な顔で、天使さんは胸の前でを手を合わせた。


「これでいいの?」

「はいっ。ご飯を食べるときに、食材たちの命をいただくという意味も込めて、こうするんです」

「感謝を示す儀式みたいなものだねっ」

「儀式……まあ、そうなりますね」


 天界には、こういう風習がないのかもしれない。


 まあ、今はそんなこと、正直どうでもいい。


 早く……食べたいっ!


「いただきます」

「い、いただきますっ!」


 天使さんは、俺の手元を何度も確認しながら、箸の持ち方を試していた。


「こ、これ難しいね……っ」

「フォーク使いますか?」

「ううんっ。これでいいっ」


 それから、ぎこちない手付きでなんとか豚肉とキャベツを持ち上げると、震えながら口に運んだ。


「……っ!! 梨久りくくん! これ……美味しい~~~♪♪♪」


 それは、お日様のように眩しい笑顔だった。










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