第3話 天使さんの空腹は終わらない。

 やかんで沸かしたお湯をカップ麵の中に注ぎ入れ、待つこと三分。


 スマホのタイマーを止め、熱々のフタを開けると、天井に向かってほわぁ~んと美味しそうな湯気が上がった。


「おおぉーっ!!」

「どうぞ。熱いので気をつけて食べてください」


 キラキラと目を輝かせる天使さんはカップ麵の容器を持ち上げると、迎え入れるようにスープを飲んだ。


 ゴク……ゴク……と喉を鳴らすと、口から出てきたのは、


「ぷはあぁぁぁ~……美味しい……っ♡」


 ――ちょっぴり……エッ…――


 恍惚な表情を浮かべてスープを味わう天使さんから顔を逸らし、俺は心の中で自分を叱った。


 ――なにを考えてるんだ! そんなことを考えているから女の子にモテないんだろ!!


 罰としてテーブルの下で手の甲を軽く指でつねった。


ッ……」


 そんなことが行われているとは露知らず、天使さんはお箸をうまく使って“静かに”麺を食べていた。


 てっきり、お箸だと食べにくいと思っていたけど。


「……あの、天使さん。その麺をもっと美味しく食べられる方法があるんですけど、知りたいですか?」

「えっ、はい! 教えてください!」

「じゃあ、音を立てながら勢いよく啜ってみてください」

「音を…立てる……?」

「思いっ切りどうぞ」


 決してマナーが良いとは言えないが、麺を美味しく食べるもっともいい食べ方だと俺は思う。現に…――


「んん〜っ!! なんだかさっきよりも美味しく感じるよ!」


 天使さんは音を立てて麺を啜ると、天にまで届きそうなほどの大きな声を上げた。


 ご近所の皆さん、ごめんなさいっ。


 ……。

 …………。

 ………………。


 それから、僅か三分後。


「ごちそうさまでした」


 麺とスープはあっという間に天使の胃袋へと消えた。


 天使に食べられるカップ麺なんて世界初なのではないだろうか。…………本物なら。


「ふぅ~……美味しかったぁー……っ」


 その満足気な表情を見ていると、なぜか心が満たされていくような気がした。


「…………っ」

「ねぇ、この容器に醤油“味”って書いてあるけど。もしかして他の味もあるの?」

「えっ!? えっと……今食べたシリーズなら味噌もオススメですけど、俺は断然、醤油ですね。透き通ったスープを一口飲めば、醤油ダレと混ざった鶏や昆布などの出汁の旨味が口いっぱいに広がって……っ」

「そう言われると、確かに……。でも、本当に私が食べてよかったの?」

「い、いいんですよ。気にしないでくださいっ」


 今日の夕飯のために買ったものだが、本物の天使? がカップ麺を食べるところを見られたのだから、まぁいいだろう。一日くらい我慢したって、なんとかなるはずだ。


 ぐぅううう~~~。


 ――うっ。今度はこっちが……って。


「……天使さん」

「うっ。あははは……」


 気まずそうな顔で笑うと、お腹の方からまた可愛らしい音が鳴ったのだった。

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