第10話 ケビンのざまぁ

 サラノアは目を見張る。


「な、何を言っているんです! ゼイ様は漆黒の──」


 と、言いかけたところで俺が止めた。


「サラノア。別にいいよ。俺は胸を張れるような経歴でもないからな」


「で、ですがぁ〜〜」


 そうさ。

 例え、ケビンの解釈が間違っていても、俺がつまらない男であることに変わりはないんだ。

 俺は失恋から騎士団長を辞職したヘタレにすぎん。

 ケビンたちが冒険者になる以前に【漆黒の魔法剣士】なんて呼ばれていることがあったが昔のことだ。

 本当に大した者じゃないさ。


「ふふん。僕の怖さがわかればいいのさ。君の後ろには僕がいることを忘れるなよ。フォナさんには手を出したらただじゃおかないからな!」


 やれやれ。

 こいつのことなんか直ぐに忘れそうだがな。


「わかった。覚えておこう」


「ふふん。素直が一番だよ」


 ケビンはサラノアにも笑顔を振り撒いていた。


「僕の家は男爵なのです。あなたの噂も聞いておりますよ。なんでもアークザード商会の娘だそうですね」


「そうですか。それはどうも」


「そんな冴えない男に教わるより。僕に言ってくれればいつでも教育係になったのに」


「教育係はゼイ様以外に考えられません」


「ははは。あなたは本当の男を知らない。男は強くなくてはいけないのですよ。伯爵の権威を肩に騎士団長になるような、どうしようもない男なんかに騙されてはいけないのです」


 やれやれ。

 俺も随分と落ちぶれたもんだな。


 ケビンは遠くから手を振った。


「それではフォナさん! 今度遊びに行きますので!」


「来ないでーー」


「サラノアさんも、会いに行きまーーす」


「絶対に来ないでくださーーい」


 なんだか可哀想になるな。


「ゼイ様。さきほどは、どうして止めたのですか? あの者たちはあなたを馬鹿にしておりました。私は許せません!」


「まぁ、そう怒るなよ。彼らにも冒険者としてのプライドがあるだろうからな。いちいち張り合っていたら疲れてしまうさ」


「流石はゼイ様ですわ! さきほどのケビンとかいう男とは大違いです! 器量が違います! 器量が!」


 なぜそうなるんだろう?

 まぁいいか。

 

「さぁ、そんなことより俺たちは修行を始めよう」


「ええ!」

「はい!」


 数時間後。

 俺が夕食の下ごしらえをしている時だった。


 けたたましい悲鳴が聞こえる。

 それはケビンの声だった。


「ぎゃあああああああああああッ!!」


 彼は大きなトカゲのモンスターに追われていた。

 地響きで周囲が揺れる。

 そのまま屋敷の方へと走ってきた。


「ギ、ギルドに応援を要請してくれぇえ!!」


 と、俺の胸ぐらを掴んだ。

 その目からは涙を流していた。


 それにしても、


「要請とは大げさだな」


「馬鹿! 見てわからんのか! ガドルリザードだよ!!」


 ふむ。

 鑑定。


 なんだ、ステータスは2千程度じゃないか。

 それに随分と足が遅いな。


「要請なんか必要ないだろう?」


「この馬鹿が! メンバーは僕以外、全員が一飲みにされてしまったんだぞ!」


 それを聞いてフォナは青ざめる。


「メグも!?」


「ええ、メグも飲まれてしまいました!」


「そ、そんなぁ!」


 彼女は俺を不安げな表情で見つめる。


「ゼイ君。どうしよう?」


「今なら胃を斬ればなんとか救出できるかもしれん」


「た、助かるの!?」


「急いだ方がいい」


 ケビンは俺を塞ぐように両手を広げた。


「この能天気馬鹿がぁああ! 僕の剣は折れてしまったんだぞ! 奴には鋼の剣さえ通じないんだ!」


「少し硬いのかもな」


「だから上級者が必要なんだよ! B級……いや、A級の冒険者に要請をかけてだなぁ!」


「そんな時間はないだろう。早く腹を斬らないと、胃液で窒息してしまうよ」


「ふざけるなぁあああ!! 話しを聞いていたのか、この馬鹿、無能! 腹を斬ろうにも鋼を剣が折れたと言っただろうがぁああ!!」


 俺の装備は屋敷の中だな。


「サラノア。ちょっとその剣を貸してくれ」


「は、はい。どうぞ」


 ふむ。

 まぁこれでいいだろう。


「そ、それは銅の剣……。お、お前、正気か!? 正真正銘の馬鹿だな! お前の相手なんかしてられん! ファナさん、サラノアさん! 2人とも今直ぐ逃げるんだ!!」


 俺は迫り来るガドルリザードの前に立った。


「あの馬鹿! 食われるぞ!!」


 銅の剣を、力任せにしてガドルリザードの皮膚に接触させると折れるだろうな。

 だから、


「ふん!」


 俺は剣を振り下ろした。

 同時に、斬撃波動が発生する。

 それはガドルリザードの脳天に直撃した。


「波動で倒す」


 ガドルリザードは地面に伏した。


「な、何ぃいいい!? ガ、ガドルリザードを一撃だとぉおお!?」


 俺は台所に戻って剣を持って来た。


「お、おま、お前……。い、一体……。な、何者なんだ!?」


「おい。そんなことよりお前も手伝え。今から腹の中を切り裂くから、飲み込まれた仲間を取り出すんだ」


「あ、ああ……わかった」


 トカゲの腹を斬ると、中から4人の冒険者が出て来た。

 フォナは気を失ったメグを見て心配する。


 大丈夫。


回復ヒール


 回復魔法でなんとかなるはずだ。


 数分後。


 メグは気がつくとフォナに抱きついた。


「うぇええん! フォナァアア!! 怖かったよぉおおおおおお!!」


 フォナは母親のように彼女の頭を撫でる。


「よしよし……。助かって良かったね」


「ううう……。A級冒険者が間に合ったのねぇ……。命拾いしたわぁあ」


「違うわよ」


「ふぇ? だってガドルリザードを倒したんでしょ? じゃあB級の冒険者が大勢来たの?」


「ううん。1人で倒したのよ」


「ひ、1人ぃ!? 誰がぁ?」


「私の先生」


「え?」


 丁度その時、ケビンはサラノアから説明を受けていた。


「し、漆黒の魔法剣士ぃい……。そ、そいつ……、いや、そのお方がぁああ……?」


 まぁ、


「昔はそんな風に呼ばれていたこともあったかもな」


 ケビンは土下座した。




「失礼しましたーーーーーーーーーッ!!」




 おいおい。


「いきなりなんだよ?」


「失言、暴言の数々、大変に失礼しましたぁああ!! まさかあなた様が、あの魔法剣士とは知りませんでしたーーーー!!」


「そう畏られてもなぁ……」


 サラノアは胸を張る。


「男は強さ、だとあなたは仰っていましたが、本当にその通りですね」


 ケビンは全身から汗を流して顔を地面に擦り付けた。


「出過ぎたことをぉおおお! お許しください。お許しくださいぃいいい!」


 もう胸まで地面にくっつき始める。

 もう土下寝である。


「気にしてないから、起きてくれ」


「うう。許しくださるのですね。ありがとうございますぅうう。そして、僕の命、並びに仲間を助けてくださりありがとうございますぅうう」


 メグは俺の胸に飛び込んだ。


「きゃはあ♡ 命を助けてくれてありがとうございます!」


「お、おう……」


「メグメリア・ヌード・バーレンシュタインです♡ 17歳。スリーサイズは上から88 55 83です」


「なんだ?」


「今、彼氏がいません! 完全にフリーです!!」


「んん?」


 自己紹介なんかしてどういうつもりだ?


「ちょ、ちょっとメグ! ゼイ君から離れなさい!」


「嫌よ。早い者勝ちでしょ!」


 は、早い者勝ち??


「ゼイ様。よろしくお願いしますね♡」


 やれやれ。

 なんだか面倒臭いのに好かれてしまったなぁ。

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