第7話 フォナは友達

 俺の部屋にフォナが来た。


「何か用か?」


「ふふふ。マッサージでもしてあげようかと思って来たんだ」


「え?」


「だって、教育係は疲れるでしょ? あたしはあんまり体を動かしてないからさ」


 そういえば肩が凝ったかもしれん。

 しかし、


「気を遣うなよ。俺のは仕事なんだからさ」


「いいからいいから」


「お、おいおい」


 彼女は俺の肩を揉み始めた。

 

 やれやれ。

 まさかフォナに肩を揉んでもらうとは思いもよらなかったな。

 そういえば、


「小さい頃は俺にくっついて離れなかったよな」


「ふふ。だって……。君は、頼り甲斐のあるお兄ちゃんみたいな存在だったからね」


「そうか。俺もお前のことは妹みたいな感覚だったな」


「ふふふ。大好きだったからね。もちろん、お兄ちゃんとしてね」


「ははは。懐かしいよな」


「うん。でもまさか、こんな再会をするなんてね」


「だな」


 それにしても……良い匂いだ。

 彼女が部屋に入った瞬間、石鹸の匂いが部屋一杯に広がった。

 それに、この手の感触。

 すべすべで柔らかい。

 本当に随分と成長している。

 大人の女性になったんだなぁ……。


「それ、進行表?」


「ああ。目標が目に見えた方がやり甲斐が出るだろ? 目標数値に向けて修行を積むのさ」


「ゼイ君って完璧マンだね」


「なんだその英雄の名前は?」


「だって、何一つ隙がないもの。料理だって上手だしね。完璧すぎるわよ」


 手探りだからな。

 完璧というほどでもない。


「まぁ、頑張るのはお前たちだからな。俺はその努力の邪魔をしないようにするだけさ」


「ふふふ。ゼイ君が教育係で良かったな」


「喜んでくれるなら俺も嬉しいよ」


「ふふふ……。ねぇ。覚えてる? あたしの屋敷にさ。よく泊まりに来たよね」


「ああ。懐かしいな」


「一緒のベッドで寝たわよね」


「だな」


「……な、なんならさ」


「?」


「今日も一緒に寝てもいいよ?」


「バカ。何言ってんだよ」


「ふふふ。冗談だよ。流石にそれはないよね。合意されても困るところだった」


「やれやれ」


「君とはいい友人関係でありたいと思っているんだ」


「ああ、幼馴染だからな」


あたし……がんばるよ」


「うむ」


「立派な魔法使いになりたいんだ」


「そういえば、腕力が強い女になるのは嫌だと言っていたな」


「と、当然だろ。あたしは女の子なんだからさ。……い、一応ね」


 一応?


「お前は立派な女の子だと思うぞ?」


「……そ、それってどういう意味?」


 どういうって……。


「可愛い女の子って意味じゃないか」


「か、か、か、か、揶揄うなぁあああ!」


「いや、揶揄ってなんかいないぞ?」


 彼女は全身を赤らめた。


「あ、あた、あたしなんかが……。はわ、はわ、はわわ……」


 フラフラとする。


「おいおい。落ち着けって」


 彼女は脚を滑らせた。


「きゃあ!」


「っうわ!」


 彼女は俺に向かって覆い被さる。

 俺たちはそのまま床に倒れ込んだ。


「「 ………… 」」


 暫し見つめ合う。

 

 ど、どいて欲しいが……。

 ……フォナはなぜ動かないんだ?


 不思議な違和感と、彼女の顔が近いことに混乱する。


 間近で見ると相当な美少女だな……。


 鼓動が早い。

 なぜだ?


 ……おかしい。フォナにこんな気持ちを抱くのはおかしいだろう。

 彼女が可愛いすぎるからか?


 いかん。

 これは友達として絶対に抱いてはいけない感情だ。


 彼女の息は荒く、その視線は俺から離れようとしなかった。


 どいてくれると助かる。

 

 そう言おうとした時。

 彼女は唇を軽く閉じたかと思うと、そっと目を瞑った。


 え?

 こ、これは?

 まさか、気を失ったのか?


「お、おい。フォナ!」


 彼女は、俺に向かってゆっくりと顔を近づける。


 いや、まずいぞ。

 このままだと唇が重なってしまう。


「フォナ……」

 

 し、しかし、拒めない自分がいた。

 彼女の大きな胸が俺の胸板に当たる。

 

 こ、これは……。

 直ぐにどかさなければ。


 と思っても、体は一切動こうとしない。

 追い討ちをかけるように、彼女の体からかぐわう石鹸の香りが俺の感覚を狂わせた。

 俺は今、完璧にフォナを異性として認めてしまっているのだ。


 彼女の唇が俺の唇へと近づく。


 こ、このままでは……。



コンコン!



「ゼイ様。入っても宜しいでしょうか?」


 サラノアが部屋に入ると、俺たちは体勢を持ち直していた。

 フォナはベッドに座り、俺は机に座る。


「あれ? フォナさんも来てたんですか?」


「う、うん。ちょっとね。座学でわからないことがあったからね。ゼイ君に教えてもらっていたの。ね、ねぇ、ゼイ君?」


「ああ……」


 うむ。

 いい機転だ。


「なんだ、そうだったんですね。フォナさんは頑張り屋さんですね」


 危なかった……。

 もう少しでフォナと一線を超えてしまうところだった。

 

「何か用か?」


「あ、いえ……。お茶を入れたので一緒に飲もうかと思ったんです」


「そうか。ありがとう」


「カップはありますから、フォナさんも一緒にどうですか?」


「ええ。ありがとう。いただくわ」


 俺たち3人はお茶を飲んでくつろいだ。

 他愛ない話で盛り上がる。

 しかし、フォナは俺と目を合わそうとしなかった。


 お茶を飲み終わるとそれぞれが寝室に戻る。

 その去り際。フォナは小声でこう言った。


「さっきはごめんね。倒れた拍子にクラっとしただけだから……」


「ああ」


「わ、忘れてくれると助かる」


「ああ。わかった」


 彼女は少し残念そうに、


「……あ、あたしたちは友達だからね」


「ああ、だな」


「だよね」


「サラノアには感謝だな」


「……そうだね」


 いいタイミングで入って来てくれたよ。

 あのままだと本当に危なかった。


「ゼイ君……」


「なんだ?」


「……な、なんでもない」


「おかしな奴だな」


「……教育係になってくれてありがとうね」


「まぁ、成り行きで受けた仕事だよ」


「でも、あたしは嬉しい」


「そうか。喜んでもらえたら俺もやり甲斐があるよ」


「ふふふ。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 彼女は自分の部屋に戻った。


 やれやれ。

 まさか、あのフォナにこんなにもドキドキさせられるとは思わなかったな。

 

 いかんいかん。

 いくら友達が可愛くなっていてもいやらしい目で見るのは違うよな。

 それに俺は教育係なんだ。

 適切な距離感が大切だ。以後、気をつけよう。

 

 こうして、俺の教育係としての初日が終わった。


 次の日からは、進行表に基づいて修行が続く。


 初めはどうなるかと思ったが、フォナは寝なくなったし、サラノアは骨折しなくなった。

 彼女らの努力の成果である。

 2週間も経つと、彼女たちのステータスは成長していた。


 ちょっと見てみるか。


 鑑定。

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