第5話 フォナの想い【フォナside】

 あたしたちは大きな屋敷の前にいた。

 これからここで暮らすのね。


 ゼイ君と長い時間を過ごすなんていつぶりだろう?

 思えば、彼が16歳の成人になるまでは何度も家に来てもらっていたな。


 彼は成人になったのと同時にギルドに入った。

 そこで漆黒の魔法剣士として大活躍。

 そんな彼を見染めたのがミレーネア伯爵令嬢だった。

 美しい人だったからな……。ゼイ君は直ぐに彼女と婚約してしまった。


 あの時は泣いたな。

 三日三晩。涙が枯れるほど泣いた。

 でも、涙が出る理由はわからなかった。


 今でもわかっていない。

 友達の婚約が嬉しいはずなのにな。

 思考が混乱してよくわからなくなっていた。

 だから、婚約祝いのパーティーには出席できなかったんだ。

 彼には悪いことをしてしまった。今でも深く反省している。


 彼が婚約をしてから、あたしにも婚約の話がチラホラと舞い込んできた。

 当時は13歳だけれど、政略的な関係から早くも縁談が来るんだ。

 私の家は侯爵家なので、各方面の貴族の男性からお誘いが絶えない。

 名誉や出世を求めてあたしに声をかける。でも、とても恋愛感情なんか芽生えることはなかったな。そもそも、あたしは根暗で、可愛げのない女だからな。

 中には熱烈な恋文なんかも貰ったけれど、どうせお世辞に決まっている。

 困ったことに、恋文は各方面の殿方から山盛り届いたりする。「綺麗だ」「可愛い」「こんなにも美しい女性は見たことがない」なんて嘘ばかり書かれているんだ。本当に嫌になる。世の中の男は嘘つきばかりだ。

 そんな訳だから、一度たりともときめいたりはしなかった。


 そんな時。

 彼が婚約破棄になった話が耳に入った。

 

 複雑な気持ちだった。

 なぜか沸々と湧いてくる高揚感に戸惑う。

 友達が異性に振られているというのに、どういうことだろうか?

  

 あたしは性根が腐っているのかもしれない。


 根暗な上に性格も悪いとなると、もう救いようがないな。


 しかし、少しは安心する。

 傷心する彼を心配する気持ちがあるのだ。


 本当はこの気持ちだけでいいはずなんだけどな?

 どうして嬉しげな感情が湧いてくるのだろうか?


 そんな複雑な気持ちだったが、やはり心配する気持ちが勝つ。

 だから、直ぐにでも屋敷を飛び出して慰めに行きたかった。

 でも、やめることにした。

 きっと、彼にもプライドがあるだろう。

 一方的に振られたみたいだからな。そんな自分を見られたくなかったはずだ。

 だから、会いには行かなかった。

 本当はもの凄く心配で、会いたかったけどね。

 頼りにならない友達でごめんね。


 あたしは成長したいと思った。

 彼に似合う立派な友人になりたいと思ったのだ。

 だから、パパの了承をとってギルドに入ることした。


 あたしが冒険者になれば、騎士団長の彼とも共通点ができるかもしれない。そんな期待を思い浮かべていた。

 

 そうしたら、まさか、彼が騎士団長を辞めて、私の教育係になってくれることとなった。


 信じられない。

 運命の悪戯か。


 ギルドの事務所で彼の顔を見た時は本当に驚いたな。

 同時にホッとした。

 とても、元気そうだったから。


 あの頃のゼイ君が目の前にいる。

 でも、背が伸びて、一段と逞しくなっていた。


 なんというか……。

 か、格好よくなっているかもしれないな。

 いや、うん……。間違いなく格好よくなっている。

 と、いうか……素敵になりすぎている。

 王都一……。いや、世界一といっていい。

 こ、こんなにいい男が他にいるだろうか?


ドキドキドキドキドキドキ。


 な、なんだろうこの胸の動悸は?

 心臓の病気だろうか?

 それとも、久しぶりに会って緊張しているのか?


「どうしたフォナ。俺の方をチラチラ見て。顔が赤いぞ?」


「な、なんでもないよ」


 うう。

 まだドキドキが収まらん。


 きっと、まだ照れ臭いんだ。

 そうだ、そうに違いない。

 病気だったら嫌だから、そう思うことにしよう。


 そんなことより、久しぶりに出会えた友人との再会を喜ぼう。

 

 ゼイ君の雰囲気は変わってないな。クールで、寡黙な人なのだけど、いつも周囲のことを気にかけてくれる優しい人なんだ。

 それでいて、とても強い。

 子供の時は、よくモンスターから身を守ってくれたな。

 最高の友達かもしれない。


 あたしは強くなって、彼の友人として似合う女になりたい。

 それが冒険者になる理由。

 ステータスでは腕力に才能があるのだけれど。

 剣士になるのは嫌なんだ。

 こんなにも可愛げのない女が、腕力だけで剣を振り回すなんて、考えただけでゾッとするよ。

 だから、強い魔法使いになって彼に認めてもらいたい……。

「お前は最高の友達だよ」と言ってもらいたいんだ。


「よし。それじゃあ、早速、基礎訓練から始めよう。まずは柔軟体操からだ」


 あたしとサラノアちゃんは柔軟体操を始めた。


 そういえば、彼女はゼイ君のことをどう思っているのだろう?

 なんだか、たんなる教え子という感じでもないけど……。

 恥しがり屋な可能性もあるけど、それとは毛色が違うような気がする。

 

ポヨヨン! ポヨヨン!


 と、彼女の胸がたわわに揺れる。


 サラノアちゃんは私より一回り大きいな。

 同じ17歳なのにこうも違うのか。


 見た目は可愛いし、さぞや男性にモテるのだろうな。

 所謂、恋愛マスター。

 あたしとは雲泥の差だ。

 あたしなんか、未だ男性と付き合ったことがないからな。

 

 元婚約者だったミレーネアさんも、胸は相当大きかったし。

 男は胸の大きな女性を好むだろうからな。


 そうなると、ゼイ君が彼女を好きになってしまう可能性があるな。

 その時は素直に喜んであげよう。

 もう意味不明な涙は禁物だ。絶対に喜んで祝福するんだからな。


 あたしたちは腕、腰の柔軟を済ませてから、開脚してストレッチをする。


 おや、どうしたのだろう?

 ゼイ君があたしから目を逸らしているぞ。

 

 ストレッチとはいえ、ちゃんと指導をして欲しいのだがな。

 

 その後はペアを組んでやることになった。

 彼女と背中をくっつけて持ち上げる体操である。

 まずはあたしが彼女を持ち上げる。


「よっ」


 うむ。

 軽いな。木綿を持ち上げてるみたいだ。

あたしは腕力のステータスが1260もあるからな。

 軽く持ち上げれるのは当然か。

 

 嫌だな……。そこは女の子でありたい。

 魔法は最強。でも体力は女の子。これが理想ではないだろうか。


 この暗い性格とバカ力では彼氏なんて到底できないだろう。

 可愛くて魔法が使える女の子になりたいな。

 

 続いて、サラノアちゃんがあたしを持ち上げることになった。


「お、重いですぅ……」


 何ぃいい!?


「あ、あたしの体重は重いのか!?」


「い、いえ……。私が極端に体力がないだけなんですぅ。きゃああッ!!」

「うわぁっ!」


 あたしたちは崩れ落ちる。

 ゼイ君が駆け寄った。


「サラノア大丈夫か?」


「あ、はい。大丈夫です。すいません。体力がなくて」


「気にするな。徐々に力は付けていけばいいんだ」


「はい」


「それにこのストレッチは腰を基点にテコの原理を使うから、そんなに力は必要ないんだ」


「そうなんですね」


「よし、掴まれ」


「あ、ありがとうございます♡」


 可愛いな……。

 なんて自然な素振りなんだろう。

 これが女の子か。

 流石は恋愛マスターだな。

 

 よし、あたしも真似てみよう。


 サラノアちゃんはなんとかテコの原理であたしを持ち上げれた。


「あは! できました!」


「うむ」


 次はあたしの番である。

 さっきは簡単にできてしまったけど。


「きゃ・あ。ダメ・だああ」


 思わず棒読みになってしまったが、上手くこけることができたぞ。

 サラノアちゃんに怪我をさせたら悪いからな。

 それだけは気を付けなればならない。


「どうしたんだフォナ。調子が悪いのか?」


「う、うん。ちょっと重くてさ」


「おかしいな。お前の腕力は1260もあるんだぞ? 彼女くらい片手で持ち上げられるはずだが?」


 やはり気がつくか。

 ステータスは嘘をつかないな。


「お前、運動神経が悪くなったのか?」


 その印象はまずい。

 頼り甲斐のある強くて可愛い女の子になりたかっただけだからな。


 あたしは直ぐに立ち上がってサラノアちゃんを持ち上げた。


「きゃああッ! 速いですぅ!」


 その状態でピタッと止まる。


 ふん!


「余裕だ」


「……お、おう」


 うん。

 あたしって全然可愛くないな。

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