第4話 サラノアの秘密【サラノアside】

 ああ、信じられない。

 今、私はゼイ様と歩いている。

 あの、漆黒の魔法剣士ゼイグランド・オルゼ様。

 

 この方を初めて見たのは4年前。

 私が13歳の時だった。


 あの頃の私は厳しい教育を受ける日々だった。

 バイオリンの授業では教師に手の甲を叩かれ、裁縫の教師からは不器用だと罵られた。


 私には妹がいるのだけれど、彼女はとても器用だった。

 そんな妹といつも比べられる毎日。

 妹は自分より劣る私を罵倒した。


「お姉様。こんなこともできませんの? 無能って嫌ですわね。あはは!」


 毎日泣いていたっけ。

 逃げ場がなくて本当に辛かった。


 そんな時だった。


 王室が主催する武術大会があった。

 そこにいたのがゼイ様だったのだ。


「おおっと! ゼイグランド選手の斬撃が決まったぁあああ!!」


 圧倒的な力だった。

 16歳の彼は大会の最年少者だ。

 その剣技は見事なものだった。

 それはもう優雅で、輝いて見えた。

 無駄のない一閃。

 彼は、一度も受け太刀をすることなく、その大会で優勝してしまった。

 拍手喝采の中。彼が笑う。


 ああ、もうその笑顔が今も脳裏に焼き付いて離れない。

 

 一目惚れとはこのことだろう。

 それ以来、彼は私にとって心の拠り所になった。

 辛い教育の日々でも、彼のことを思い出せば強くなれた。

 

 3年後。

 彼が19歳の時。

 ミレーネア伯爵令嬢と婚約した。


 私は深く落ち込んだ。

 枕を涙で濡らしたっけ。

 人生で初めての失恋だった。

 しかし、嬉しいこともあった。

 彼は王城の騎士団長に就任したのだ。

 

 私はそんな彼をずっと陰ながら見て来た。

 ずっと慕って来た。

 でも、私の身分では彼に近づくことはできない。

 彼が騎士団長に就任したと同時に、私は城内では秘密の存在になってしまった。

 高い魔力ゆえに特別扱いされたのだ。


 ああ、ゼイ様。

 本当に申し訳ありません。

 私はあなたに嘘をついています。


 私はアークザード商会の娘ではありません。

 本当の名は、サラノア・ブルム・ロントモアーズ。

 王都ロントモアーズの第1皇女なのでございます。


 でも、聞いてください。

 身分を隠しているのはわけがあるのです。


 私は、将来、政略結婚をしなければなりません。

 隣国の情勢は好ましくなく、戦火に巻き込まれることもあるでしょう。

 私の身を心配した国王は、私を鍛えることを考えました。

 しかし、王城の者では役不足。私のステータスを底上げするのは至難の業です。

 そこで、ギルドの冒険者となってステータスを上げることになったのです。

 しかし、私の身分が発覚すれば一大事。

 一国の姫がギルドの冒険者になるのですから、その身分は周囲に晒され、賊に命を狙われることになるでしょう。

 身分を偽っているのはそのためなのです。

 

 そして、事件が起きます。

 ゼイ様が婚約破棄にあったというではありませんか!


 このタイミングでです。

 信じられない。


 そうなると、彼はフリー。



ドキドキ……。


 

 しかも、私の教育係になるなんて!

 ああ、本当に、神様に感謝いたします。


 も、もう立場なんてどうでもいい。

 あなたが望むならば、姫の身分なんていつ捨ててもかまわない。


 ああ、ゼイ様! 


 私を攫って逃げてください!


 そして、誰もいない場所で2人きりで暮らすのです。

 そんな未来があってもいいと思うです!!


「さぁ! 行きましょう新天地へ!!」


「……随分と大層な言い回しだな」


「あ!? いえ、その……。あはは! な、なんでもありません!」


 うう、思わず声に出してしまいましたぁ。


 私たちは別荘に着きました。


 と、いってもここは私が作らせた建物です。

 名目上はアークザード店主の別荘ですけどね。

 中には修行の道具や施設が整っています。

 

 2階建ての綺麗な外観。

 部屋にはキッチンもバスルームも完備しております。


「随分と立派な別荘だな。まるで貴族の屋敷だよ」


「あ、あはは……。今は使われていないので自由に使っていただいて結構です」


「まるで新築だな。本当に使っていないのか?」


「あ、あはは。父は商会の仕事が忙しいのです」


「そうか。じゃあ遠慮なく使わせてもらおう」


「では修行屋敷とお呼びください。それ専用に作らせ……。ゴホンゴホン! しゅ、修行専用の屋敷ですからね!」


「うむ。良い名前だ。それに、ここなら泊まり込みで修行ができるな」


「と、泊まり込み……ですか? ハァハァ」


「どうしたサラノア? 息が荒いぞ?」


「な、なんでもありません! ジュルリ」


「涎が出ているが?」


「こ、これは失礼しました!!」


 うう。

 憧れのゼイ様と泊まりだなんて、考えただけで、ジュルリ……。

 ああ、もう涎が止まりません。


 も、もしも……。

 もしもですよ?

 ここにはバスルームもあるわけでぇ。


 誰も入っていないと思っていて扉を開けたらぁ。


『ああ、すまん。俺が使っていたんだ』


 なんていうパターンがあるかもしれませーーーーーん!!

 上半身が裸で、細マッチョな体と凛々しい鎖骨が見えてぇええええええ!!


 ああゼイ様ぁああああああ!!


ゴロゴロゴロゴローーーー!!


「……おい、サラノア。急に地面を転がって大丈夫か? 昼の食事が当たったのか?」


「ああ、いえ! その、ほ、本当になんでもないんです!」


 優しい。

 ゼイ様が私のことを気遣ってくれている。

 ああ嬉しい!

 

 幸せの境地……ここに極めり。


「サラノアちゃん、なんだか顔が真っ赤ね。熱でもあるの?」


「あ、いえ。だ、大丈夫ですよフォナさん。私は平気です」


「……なら、いいけどさ」


 あーー。

 落ち着け私ぃ。

 極まっている場合ではありません。


 すーーはーー。

 深呼吸してぇ。


「まずは部屋の案内をしましょうか」


「うん。頼む」


 1階はリビングをはじめ、キッチンやバスルームがある。

 それらを案内した後は2階へと進む。


「寝室の数は十分にありますから安心してください」


「じゃあ1人1部屋か。それは安心だな」


「しかし、教育係と同じ部屋で寝るのも修行の一環かもしれませんね」


「なぜそうなるんだ?」


「で、でも修行ですよ?」


「俺はお前たちのステータスを上げるのが目的なんだ。一緒に寝ても数値は変わらんだろう」


 し、心拍数は上がります!


「それに、お前たちは年頃の少女だからな。その辺は気を遣うよ」


「……そ、それは。私を女だと見てくれているということでしょうか?」


「……え? 当然だろ?」


 ふはぁあああああ!

 嬉しい!

 嬉しすぎますぅう!! 


 ああ、ゼイ様ぁああ!

 私のゼイ様ぁああああ!!


ダンダンダンダンダンダンダンッ!!


「……おいサラノア。お前の家だからいいのかもしれんが、そんなに壁を叩いたら壊れるぞ?」


 その時、私は気が付きませんでした。

 フォナさんが私を見つめているのを。

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