第14話
ドアの開く音に、未亜は振り返った。
黒い服に黒髪の男が一人、虚ろな目で立ちつくしている。
何の表情もない、能面のようなうつろな顔。
死に神のような男の手にしたナイフが、照明に照らされて鈍い光を放っている。
「……」
半開きの口は声を発しない。
「な、何よ」
壁に後ずさりながら、未亜は気丈にも言った。
「何?私が何したっていうの!?あ、あんたが追いかけやすいように、お膳立てしてあげんたんじゃない!」
「……」
「そうでしょう!?こんな所にいたら、先輩達を襲えない!だから時を待っていた!違うの!?私はその時を作ってあげた、あんたにとって恩人様なんだからね!?」
恐怖のあまり、それまでとは違う涙を流しながら、震える膝で未亜は何とか男との距離をとろうと虚しい努力をする。
「さっさと消えてよ!私は今、あなたを手伝ったんだから!」
心の痛みに耐えながら、未亜は叫ぶ。
「行って、先輩達に自分の振るまいを後悔させて!―――さぁっ!」
一体、どれほどにらみ合いが続いたか。未亜にはわからない。
「……」
フッ。
男の姿が、未亜の前から消えた。
「……」
ズルッ。
敵の消失に緊張の糸が解けたのだろう。
未亜は床にずり落ちた。
「フフッ……無言の会釈なんて……感謝してくれたってこと?」
口元を緩め、未亜は自嘲気味に笑った。
未亜は確かに見た。
男が消える直前。
男は、未亜に軽く頭を下げたのだ。
感謝。
そういいたかったのだろう。
「先輩……?」
全身に力が入らない。
「これから苦しむのは……先輩達だけじゃないからね?」
未亜の意識が、暗闇へと墜ちていった。
「命に別状はないよ」
布団に寝かされた未亜を前に、水瀬は言った。
「緊張が解けて、気絶したってところだね」
「そ、そうか……」
巨大な体を正座させ、緊張の面もちで水瀬の言葉を聞いた南雲が、大きく安堵のため息をつく。
「母子共に健康だよ」
「そうか……」
ぴくっ。
南雲の体が固まった。
「ぼ、母子?」
「そろそろ三ヶ月」
「なっ!?」
「う・そ」
「!!!」
ガシャンッ!
南雲の一撃が、水瀬の座っていた畳をぶち抜いた。
「先生……人の家、なんだと思っているの?」
「やかましいっ!」
怒り心頭という顔の南雲が怒鳴る。
「人を勝手に親にするな!」
「いずれそうなるでしょう?」
「いずれだ!」
「かなめちゃん……また部下に先越されちゃうんだねぇ」
「……」
顔をいびつに歪めたかなめに睨まれつつ、水瀬は言った。
「皆様ご苦労様でした」
「……おう」
全身ズタボロの羽山が絶え絶えの息の下、
「一生分戦った気がした」
「まだまだだが」
かなめは怒りを抑えながら言う。
「初陣とすれば褒めるに値する」
「そりゃどうも」
「初陣で死霊45体を刀剣攻撃により撃破か……うむ。羽山、あと100回、同じ事すれば胸を張って入団出来るぞ?」
「100回!?」
羽山は泣きそうになった。
「あと、100回も!?」
「ああ―――そうしたらベテランと肩を並べられる」
かなめはどこか嬉しそうだ。
「要はこなした場数がモノを言うからな」
南雲はその大きな手で羽山の背を叩く。
「頑張れ」
「ところで」
死霊撃破数ではダントツトップを走った博雅が訊ねた。
「これは一体、どういうオチが?」
戦いの後。
保護していた村上達は逃走。
霧島の撃破は未確認。
「つまり」
ルシフェルがお茶を用意しながら言った。
「元に戻っちゃったということでしょう?」
「ありがとう。ルシフェル―――元に戻った?」
博雅が怪訝そうに訊ねた。
「元って、つまり、村上さん達がここに来る前ってことか?」
「そうだね」
水瀬は頷いて、
「事態は悪化しても解決はしていないってことだね」
「俺達はともかく、村上さん達は?」
「……逃げちゃったんだもん」
水瀬はお茶をすすりながら言った。
「理由はわからない。でも、逃げた。それが村上先輩達の判断だったんだよ」
「……」
全員の視線が、水瀬に集まった。
「考えるに……村上先輩達はもう、敵の手の内にあったのかもしれないね」
「敵の―――手の内?」
「そうだよ。博雅君」
ふうっ。と、水瀬はどこか諦めたようなため息をついた。
「もう逃げ出すことの出来ない呪い……逃げても逃げても、逃げられない呪い……死ぬことも出来ず、逃げる事なんて出来はしない。呪いこそが敵の手の内……僕はそう思う」
「気の毒といえば気の毒だな」
ぽつりと羽山が言った。
「惚れた相手と一緒というのが、唯一の救いだけどよぉ……それでも、気の毒としかいえねぇなぁ」
「それもそうだけど」
水瀬は少しあきれ顔で皆に訊ねた。
「皆さん、もしかして―――自分達がこの件に関わるのはこれで終わりとか、思ってませんよね?」
「……」
皆が、水瀬の言葉が理解できず、怪訝そうな視線を向ける。
「もう……これだから」
失望した様子で水瀬は茶をすすった。
「おい、水瀬?」
「南雲先生……先生が一番危険なんだからね?」
「俺が?」
「村上先輩は、まだ追われている……この意味わかってる?」
「い、いや?」
南雲は、救いを求めるようにかなめの顔を見るが、
「……」
かなめは無言で横に首を振った。
「先生もまだ追われているってこと!そして、昨日の戦闘で、みんなが狙われることになったんだから!」
少し苛立った様子で、水瀬は言った。
「気をつけなくちゃいけないよ?―――事件は、まだ何も終わってないんだもん」
「……」
皆が青くなる。
水瀬の言葉。
それは、自分自身が、あの村上と同じになった。
そう告げる言葉だから。
「……ねぇ」
ブンッ!
何故か、ルシフェルが霊刃を抜き、
「何?」
水瀬が後ずさった。
「私達が戦っている間、お夕飯作っていた理由って―――まさか」
確かに、水瀬は戦闘に関わっていなかった。
その理由は?
それに思い当たったかなめ達が、エモノを手に水瀬に迫る。
「自分は呪いにかかりたくなかった。そういうことか?水瀬」
「ご、ご明察っていったら……殺されますね?ね?」
今晩の真実の宴が始まった。
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