第13話

「霧島は!?」

 ルシフェル達には、勝利にも、博雅の笛の音にも、すべてに酔いしれることは出来なかった。

「こっちは確認していない!」

「こっちも!」

 離れの前で、ルシフェル達が集結した。

「誰か、霧島と接触した者は!?」

 かなめの問いかけに皆が首を横に振る。

 誰も本当の敵と接触していない。

「雑魚に踊らされたか!?」

 かなめは焦る心を抑えようと唇を噛みしめた。

「この私が―――っ!」

「先生!」

 羽山が悲鳴に近い声を上げた。

「離れのドア!」

 全員の視線が一斉に離れに入る玄関ドアに向けられた。


 ドアは、風に揺れていた。


「離れの中か!?どういうことだ!?」

 離れの玄関ドア。

 それはかなめの真後ろに存在した。

 かなめはそこに張り付くように戦っていた。

 だから、かなめは魔法攻撃に特化した戦闘を繰り広げていたのだ。

 それなのに?


「ええいっ!」

 かなめが離れのドアを蹴り破った。

「羽山、南雲、続けっ!ルシフェルと秋篠、ここを確保しろっ!」



 時計の針は、かなめ達が戦っていた頃に戻る。


 ズンッ!

 かなめの魔法攻撃による振動は、その真下にある地下シェルターを揺らす。


 パラッ。


 天井の漆喰が落ちるのを見つめながら、シェルターの中に固まっているのは、村上と那由他だ。


「だ、大丈夫よね?」

 村上にすがりつきながら怯える那由他は、恐る恐る訊ねた。

「何とも、ないよね?」

「ああ。大丈夫だよ」

 那由他の華奢な肩に手を回し、微笑む村上は、未亜に言った。

「未亜ちゃん。本当に御免ね?」

「えっ!?」

 シェルターの中をせわしく走り回っていた未亜は、その声に飛び上がった。

「な、なな、何?」

「?だから」

 村上は言った。

「僕達にお茶を持ってきてくれたせいで、こんな騒ぎに巻き込まれるなんて……どうしたの?」

「な、なんでもない!」

 うわずった声で未亜は怒鳴った。

「何でもないよ!大丈夫だから!」

「?」

 怪訝そうな顔をした村上は、未亜の手にしたモノに気づいた。

「リュック?」

「う、うん!」

 未亜の顔は緊張のせいか、青くなっていた。

「お金も入ってるよ!?食べ物とか!」

 未亜は走って来るなり、それを村上達に突きだした。

「未亜ちゃん?」

「さっき、構造図見たんだ。そこの壁、抜け穴になってるから!」

「逃げろ―――そういうんだね?」

 村上は、どこか悲しそうな顔で未亜に言う。

「僕達に」

「そ、そうだよ!」

 未亜が指さすのは、シェルター内部の様子を示すモニター。


 今、シェルター入り口に3つの反応があった。

 何故か、カメラモニターがブラックアウトしているので、誰が入ってきたかわからない。


 もし、彼らが侵入者だとしても、シェルターの入り口はパスワードを打ち込む必要があるため、開放には時間がかかる。


 時間は稼げる。

 

 問題は―――


「最初の爆発音がしてからね?」

 未亜の声は震えている。


「少しして、ドアが一度だけ、開放されたんだ」


「……えっ?」

 村上と那由他は思わず顔を見合わせた。


 そう言えば、突然の状況に、二人は抱き合っていただけ。


 シェルター内部の様子なんて気にしなかった。


「それからずっと……ドアが順番に開いていくんだよ!」

 ガチッ!

 ガチッ!

 未亜は何度もモニター下にあるスイッチを片っ端から押していく。

「ダメなんだよぉ!閉鎖(ロック)スイッチが作動しないんだよ!」


「て、敵は、霧島さんはどこまで来ているの!?」


 村上達がモニター前に駆け寄ってくる。


 ピッ


 村上の問いに答えるように、“18”と書かれた部分のランプが点灯した。


「18番目のドアが開いた!」

 未亜が悲鳴を上げた。


「あと2つ!―――先輩!」


 未亜はもう泣いていた。


 恐怖のあまり、泣いていた。


 村上は、そう思った。


「未亜ちゃん……」


 だから、村上まで泣きたくなった。


 この子を恐怖のどん底に落としているのは誰だ?


 自分だ。


 そう気づくことが出来たから。


「逃げて!」

 村上の手を掴むと、未亜は何とか村上を脱出口のある壁へ引っ張ろうとする。


「先輩は、まだ死んでもらっちゃ困るんだから!」


 そして、四苦八苦して分厚い装甲の張られた脱出口を開いた。


 ピッ


 19番目のドアが開いた。


「美奈子ちゃんにごめんなさいって土下座して頭床にこすりつけてもらうまで―――私が許すまで、死んでもらっちゃ困るんだから!」


 未亜は怒鳴りながら先程のリュックを村上に突きつけた。


「未亜ちゃん」


「先輩、逃げて!」


 脱出口のハッチを開けながら、未亜は村上を促した。


「那由他ちゃんを守るんでしょう!?」


「……」

「……」


 村上は、那由他を見つめると、


「ありがとう」


 そう言って、右手を出したが―――


「やめてよ!」

 未亜はその手をはたいた。


「言ったでしょう!?美奈子ちゃんに土下座してもらうまで許さないって!」


「ああ―――そうだね。そうだったね」

 村上は辛そうに笑うと、那由他を促した。


「那由他―――先に」


「はっ……はい」


 那由他は言葉に詰まった様子で、それでも未亜に言った。


「未亜ちゃん、先に行きます」


「私はいかないよ!」


 ドンッ!


「きゃっ!?」


 未亜に突き飛ばされる形で、那由他は闇の中へと消えていった。


「未亜ちゃん!?」


「私がいても邪魔でしょう!?」


「でもっ!」


「私のダンナが上にいるはず!だから!」

 未亜は村上を脱出口に押した。

「このハッチはすぐに閉鎖する!ロックはこっちからじゃないと出来ないんだもんっ!」


「―――御免っ!」


 村上は、そう言い残して那由他の後を追った。



「……」


 滑り台にようになっている脱出口内部―――暗闇。


 それは、村上達の未来を暗示するように、真っ暗闇。


「御免だなんて……」


 ガンッ


 ガチャッ


 ピーッ


 脱出口の重いハッチが閉ざされ、ロックがかけられた。


 もう、新しいパスワードを別室にあるシェルター内部管理システムのコンソールに打ち込まないと、ロックは解除されない。


 敵はすぐそこまで来ている。


「御免って……本当は私がいわなきゃいけない言葉なんだからね?先輩」


 未亜の頬を一筋の涙がこぼれる。


「本当はね?本当は先輩のこと、本当のお兄さんのように思っていたんだから……」


 ビーッ!


 脱出口出口のセンサーが作動し、二人が脱出口から出たことを告げた。


「でも、でもね?」


 未亜はハッチに向けて語るのを止めようとしない。


「美奈子ちゃんを裏切ったのは先輩なんだからね」


 その声は、憎悪に包まれていた。


「美奈子ちゃんの人生狂わしたこと、永遠に後悔してもらうんだから!」


 クックックッ……。


 アーッハッハッハッ!!


「こ、これで」


 未亜は腹を抱えてその場に蹲った。


「ハハハハッ!これで私、永遠に美奈子ちゃんに顔向けできないんだぁ!」


 突然、未亜は狂ったように笑い、そして泣いた。


「美奈子ちゃんを、絶対に裏切っちゃいけないところで裏切ったんだぁ!」


 ハハハッ……アハハハハハハッ!!


 シェルター内に未亜の涙混じりの笑い声が響き続ける。


 美奈子が大好きな村上先輩。

 

 会いたいと願い続けている大切な相手。


 その彼を、どさくさ紛れに遠くへ、そしてより危険な場所に送り出した。


 殺したのと同じだ!


 私は、親友の顔をして、美奈子の願いを踏みにじって、自分の憎悪だけを満足させた!


「私―――私はもう……」


 よかれと思ってやった。

 村上先輩を、ここから追い出すのが正しいと思ったからやった。


 ここにずっといたのも、今日辺り、何か起きそうだと思ったから。


 逃げる手はずを整えたのも、


 シェルターの内部管理システムに細工しておいたのも、


 敵の侵入にあわせて、実はドアを開放していたのも、


 水瀬君達の保護が頼める方への抜け穴じゃなくて、施設外へ通じる抜け穴に誘導したのも、


 全部―――全部、私のお膳立て。


 村上先輩達が怯えている敵なんて関係ないこと。


 村上先輩達は見事に私の策に引っかかってくれた!


 でも……結果はどうだ?


 この喪失感―――いや、罪悪感はどうだ?


「痛いよぉ……」


 未亜は胸を押さえて嗚咽する。


「苦しいよぉ……助けてよぉ……南雲先生……」


 人殺し。


 その罪悪感は、未亜を容赦なく責め立てる。

 兄と慕った者を裏切り、人二人を地獄へと送り出した未亜。


 ピーッ。


 彼女が最愛の人に救いを求めるその背後で、20番目のドアが開いた……。


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