第9話 昼休憩
こうしてトトのカフェ・アルテミスでの生活が始まった。一二三が帰ってから長宮が「今日の余ってた物、好きに食べていいよ」と言って出してくれたサンドイッチを完食した。そして案内されたお風呂に入り、用意された布団を休憩室に敷いた。桃井もそこで今日は寝るようだ。
佐久間は長宮ともう一つの右側にある部屋で共に寝るらしい。流石にここは男女分かれているようだ。床に直に敷いている為、布団は少し硬かった。目を瞑るとその奥に地球の光景が浮かび上がって来る。いつもならトトが寝室の電気を消した後は、父と母が少し喋って廊下を歩く音が聞こえたりしていた。
隣にいる桃井は、トトから見ると幾分かお姉さんと言う感じだ。桃井はトトよりも早く寝た。「明日早いから」とだけ言ってすぐに布団に入ったのだ。
月面時計で日付が次の日になると、桃井はせっせと起き出した。新しいと言っても色も形も同じ月の服に着替える。裏の厨房に行って冷蔵庫を開けると店で出す食糧がたくさん詰め込まれてある。そこからハムと牛乳を取り出し上のカゴから食パンをちぎって皿に乗せた。それをすぐに食べると何も言わずにカフェ・アルテミスのドアを開けて出て行った。
あまり寝れなかったトトは桃井が起きると一緒に起きて様子を観察していた。あまり地球とは変わらない風景だった。それでもやはり月の方が設備は整っている。戦争の影響の大きさを感じた。
そこからはまたしばらく静まり返った。温度計があり気温は二十一度と書かれていた。一二三の寮の部屋も確か同じ温度だった筈だ。休憩室に戻る。きちんと畳まれた桃井の布団をが置いてある。トトはもう一度布団に入った。とりあえず目を瞑る。月にいると時間感覚が狂う。24時間ずっと太陽に照らされているからだろう。この休憩室には外を見る窓がない。だが、確実に太陽が照っているというイメージがトトの意識の中にある。
そのイメージのまま目を瞑った。頭の中に太陽が出て来る。それは地球で青空の下で学んだ風景の上にある物と同じだった。また地球のことを思い出した。友達と缶蹴りをして遊んだ思い出が蘇って来る。
ガラガラと音が聞こえてきた。誰かが何かを上げている音だった。
「おーい、トト。そろそろお客さんが来るぞ。その前に飯食えよ」
休憩室の外から声が聞こえて来る。佐久間だろう。体を起こした。どうやら桃井が出て行ってからまた寝ていたようだ。
トトは裏の厨房に行って、桃井がやったように牛乳をコップに入れてパンをちぎって皿に乗せた。味は地球と同じだと思った。最も月のコロニーには地球産の物がたくさんある。これもあの食料輸送船で送られてきたのものなのかも知れない。
トトが朝食を食べ終わってからほんの数分後、カフェ・アルテミスは開店した。
開店前から店のそばにいた月面ワーカーが入ってきた。
「ブラックコーヒーとクロワッサン下さい」
どうやら仕事前に食べに気だようだ。長宮がそれをオーダーし、コーヒーを淹れる。
トトはその様子をのれんの影から見ていた。裏の厨房と長宮がいるダイニングテーブルの場所には壁で隔たれている。壁には一つ四角い穴が空いてあり、そこに机がくっついていた。長宮はオーダーを受けると裏の厨房に何かしらの表示がされて、厨房で食べ物を作る。出来上がったら、四角い穴から長宮に渡す。そして最後に長宮がお客さんに持っていくという流れだった。
朝はチラホラとお客さんが来るだけだった。トトは暇だった。だが一二三からとりあえず、あまり月の住人と触れ合わないように言われていた為、休憩室と裏の厨房を行ったり来たりしていた。
昼の時間帯になると仕事していた月面ワーカー達が沢山やってきた。裏の厨房にいる佐久間は慌てたように動いている。ソーセージをフライパンで焼きながらハムを切り分ける。タイマーの音が鳴り響く。予め設定してあった時間に焼き上がるようになっていたチキンをパンに挟む。それを四角い穴から長宮に渡す。
トトは元々料理が好きな方だった。地球にいた頃はママの料理をよく手伝っていた。包丁の使い方も分かる。自然に手が動いていた。佐久間はママに比べると雑というか不器用というのか、とにかく何をやるにしても大振りだと思った。
狭い厨房なのか分からないが、佐久間とたまに肩がぶつかる。体格差もありトトは良くふらついたりした。それで少し手元が狂う。だが忙しさでそれはすぐに消えた。後で謝れば良いことだと思ったからだ。
手を動かしすぎて空腹が襲って来る。お客さんが帰ったら、その残りのカップや皿は四角い穴から洗い場に長宮が渡してきた。
トトはそれを洗う役割を佐久間に任された。手に冷たい水の感覚が伝わって来る。店の物なので地球にいる時よりも慎重に洗った。
やがて昼のごった返す時間帯は終わりを迎えた。
「君たち、もう休憩して良いよ。残った冷蔵庫のご飯食べておいで。後は私に任せておくれ。トトもこんなに料理出来るなんて知らなかったよ」
長宮はそう言って裏の厨房に来てくれた。
「分かったぜ。ボス」
佐久間はそう言っていそいそと冷蔵庫から余っているハムやらを取り出して皿に乗せる。ウォーターサーバのスイッチを押してコップに水を淹れる。そしてすぐに休憩室に消えた。
「長宮さん。ありがとうございます」
トトは礼儀正しくそう言って冷蔵庫を開けた。誰にしようか迷った。カフェ・アルテミスの料理はどれも美味しそうな物だった。
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