第10話 月での生活

 トトは自分の休憩室に皿を持って行った。すると、そこには佐久間がいた。

「向こうの休憩室みただろ。あそこ布団以外のスペースが無いんだよ。こっちは長椅子もあるしいつもこっちで俺は食ってる」

 トトが聞く前に佐久間は言った。トトは黙食した。なんとなく佐久間には、地球の不良のイメージと重なり喋りづらい。だが佐久間はトトに興味があるようだった。

「もし地球に帰れなかったらどうするんだ?」

 唐突に聞いてきた。地球に帰れなかったらどうするなんかなんて考えていない。ここでは私は不自由な暮らししか出来ないのだから。

「分からない」

 それだけ答えた。

「なんというか、俺は月面ワーカーになるのが嫌でMLTIで先生と喧嘩してよ。そんで創造知能指数が98まで上がった。あの時一二三に助けてもらってなきゃ俺は月面警察に連れてかれてた」

 トトの気持ちとは裏腹に佐久間はしゃべり続ける。

「じゃあ一二三はあなたにとって命の恩人だね」

「命の恩人って何? 地球の言葉は分からん」

「えっ、そっか……じゃあ創造知能指数ってなぜ月にあるの?」

 どうやら月の住人には通じない言葉があるらしい。トトは別の話題を投げたみた。

「そんなの知る訳ないだろ。俺が生まれる前からあるからな」

「ふーん」

 そういうのは一二三の方が詳しいのかも知れない。トトはご飯を食べ終えた。

「ごちそうさまでした」

 地球でママに教えてもらったものをここでもやる。

「なんだよそれ。何に祈ってるんだよ」

「食べ物に感謝しているの。私たちが食べてるものは皆、命ある生きてたものなの。それを頂戴するから感謝ってこと」

「おかしな文化もあるものだな。食べ物ってのは月の労働で得た対価でしかない。働かないものが働くものに食われる。それがこのコロニーでのルールだ」

 佐久間はそう言ってごちそうさまも言わずに立ち上がった。皿をせっせと洗い場に持って行く。一人残されたトトは少しムッとしながらも、洗い物の順番待ちをした。

 午後からはポツポツと人が来るぐらいでまた暇になった。少し経つと長宮は電子看板を休憩に変えた。文字通り長宮は休憩室に来て余ったパンを食べている。

「地球に帰る方法はまだこれから見つける」

 トトに気づいた長宮はそう言って来た。

「ありがとうございます。私、期待してても良いですよね?」

「そういのは辞めてくれ。やはり君。発想が地球人だね。僕は月の住人だから創造知能指数が上がるんだ。だから、あくまでも契約の問題にしたい。地球人のように好きに月のことを批判出来るのは一二三君ぐらいだよ」

「……そうですね。なんか…ごめんなさい」

 長宮は機嫌が悪のかもしれないと、トトは思った。あまりこういう時は喋りかけないようママも言っていた。

 休憩が終わるとの閉店までの3時間余りは店を開けるらしい。月面ワーカーが家に帰る時間だ。その時間はたまに人が訪れる。一方で食材を届ける輸送業者の人もやって来た。右側の休憩室には店の後ろの小路地に出るためのドアが付いている。そこから食材を佐久間と共に裏の厨房に運び込む。

 またお互いの方がぶつかる。トトは謝った。佐久間は知らん顔をする。

 運んだ食材が入った箱を置いていると、トトが退き終わる前に佐久間は荷物をその上から置こうとして来る。だんだん佐久間に嫌われてるのかも知れないと疑心暗鬼なった。

 長宮にしても、昨日初めて出会った時の印象よりも冷たい気がする。

 ただ相性が悪いとかそういう問題ではない。トトは休憩室で一人考えた。地球では体験したことのない違和感が襲って来る。何かが足りない。地球人にあって月の住人が持っていないものがある。

 

 電子看板に閉店の文字が表示され、今日のカフェ・アルテミスの営業は終わりを迎えた。最後、机を拭いて床掃除をする。トトはクタクタだった。特に立っている時間が多かった為、足が重い。

 佐久間は明日のために今日来た食材を切り分けたりしていた。掃除を終えたトトは改めて見直してみる。誰も居なくなったカフェアルテミスは再び、整理整頓され静かさを取り戻していた。

 最後は長宮が売上を計算すると言っていたので、トトは先に風呂に入ることにした。

 洗面台と兼用になっている脱衣所に貸してくれたタオルを持っていく。作業服のボタンを外し、チャックを下ろした。地球でもやっていたように綺麗に折りたたむと、最後に靴下を脱ぐ。トトが住んでいた家より良い設備のバスルームに入った。

 シャワーから出る水を頭から浴びながら考えた。月に来てたら一日が長く感じる。もしかしたら実際、地球よりも長いのかも知れない。成り行きでカフェで仕事することになるとは思いもやらなかった。

 とにかく今は生き延びる。一二三や長宮らが何者なのか本当の目的はなんなのかはいまいち分からない。もしかしたら泳がされているだけで、楽しませて後で月面警察とやらに突き出すのかも知れない。

 バスルームの外で何か物音がする。誰かは分からないがこちらに向かって来ている。トトは身構えた。

 バスルームのドアが壁から離れて行くことを確認した。その瞬間それが佐久間だと分かった。トトは反射的にドアをおもっきり叩いて押した。バンという音がなって閉まる。

「ちょっとどういうつもりなの。異性の風呂を覗こうとするなんて」

 トトは向こうに聞こえるように大きな声で言った。

「待てよ、俺は中にある干してるタオルを取ろうと思っただけだ。お前こそ、報告、連絡無しで風呂に入ってるってどういうことだよ」

 確かにお風呂の上にはタオルが掛けてあった。だが、それを差し引いても常識外れだ。

「何よ報告、連絡って。普通そういうのは察して覗かないようにしようとかあるでしょ」

「MLTIじゃ習わなかったな」

「もう良いわ」

 トトはそれから布団に入るまで佐久間がぶつぶつ言っていても無視した。長宮も余りトトに構ってくれない。だが、あるの夜は一二三が来ると言って来た。その時にこの不満をぶつけるしかないと心の中に感情を仕舞い込んだ。

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